そうこうするうちに、長男ニイニが誕生しました。小さい男の子というのは、えてして自分がこれはと思ったジャンルを偏愛する傾向にあるものですが(怪獣系、レンジャー系、乗り物系など)、ニイニはまずは恐竜系、そして物心ついてから「ホントにいて、さわれるものがいい!」という理由から虫や魚、植物など生きものにぐんぐん興味を持つようになりました。

 わたしは女子校育ちで姉妹育ちだったため、小さい男の子が「ハマる」というプロセスの実態を目の当たりにしたのははじめてで、衝撃を受けました。暇さえあれば、図鑑を見る。絵を描きまくる。そしてあらゆる種類の生きものの名前と特徴を、まるでブラックボックスのように無限に吸収していくのです。

 次のステップでは、当然本物が見たくなります。「ママ、セミが取りたい!」「ママ、カブトムシが飼いたい!」「ママ、サメが見たい!」とあらゆる角度からの要望が泉のように湧き出てきます。見たい、知りたいという気持ちを浴びるように受け止める中、それを最大限叶えてやりたいと思い、時間が許す限りニイニと共に外の世界に繰り出していくようになりました。

 ここで面白いなと思ったのは、ニイニの願いを叶えるという意味ではじめた自然遊びが、ことのほか楽しく、ニイニを差し置いて自分がのめり込むことさえあったということです。人生ではじめて虫取り網を買い、近くの公園に出陣。小さなニイニがやたらめったら振りまわしている網を「ママに貸しなさい」と手にした途端に息子が視界から消え、こめかみがドクドクするほどセミに集中。見ててよ、見てなさいよ、ほら、いくよ、動くな……バシーッ!

 じじじ、じじじじと暴れているセミを網から虫カゴに移し、ニイニと一緒にカゴに顔をくっつけます。

「アブラゼミだ!」

 額に玉の汗を光らせながら、こんなにセミ取りが面白いって、何で今まで知らなかったのだろうと不思議な気持ちになりました。知ってたらやったのに! やってたらもっともっと、セミがうまく取れるようになってたのに!

 そういえば、とわたしは思い出しました。昔からマクロモードで見る自然がわりと好きだったかもしれない。身の回りで見つけたカタツムリやナメクジ、ダンゴ虫、ミミズなどを学校帰りに拾ってきては飽きずによく眺めていましたし、理科で飼ったカイコやメダカやショウジョウバエなどを家に持ち帰っていつまでも育てたり、ハムスターを繁殖させて友達に配り、あとは家の中で放し飼いにするなどという大胆なこともしていました(親がよく何も言わなかったと思います)。

 生まれ落ちる場所は選べないということで、わたしは都会の中で育ちましたが、もし他の場所で育っていたら、見える世界や楽しむ世界が今とはずいぶん違っていたかもしれない。いや、今まで都市的なものへの興味しか持っていなかった自分が、すでに違う世界に楽しさを見出しはじめたのだから、ひょっとしたら30過ぎた今からひょっこり未知の自分を見出すことだってあるかもしれない、と思ったりしたものでした。

 こうしてニイニと一緒に生きもの探しに興じるのは、実に楽しい時間でした。彼が喜ぶ顔が見たいのと、自分も同じくらい楽しめるのとで、暇さえあれば都会の中の小さな自然を見つけに出かけました。夫がいるときはちょっとしたイベントも可能で、釣りに連れて行き、イワシを何十匹も釣って大得意になったり、山に登って高山植物を見つけたり。

 子どもの興味に寄り添うことで自分の視野も広がるというのは、恋する彼の趣味に合わせて自分が変わるのとはちょっと違う醍醐味がありました。何しろ、ニイニの中には自分の遺伝子が半分入っているのです。ニイニを透かして自分を再発見するのは、とても素直な作業だとも思えました。