グローバル競争における日の丸製造業の相対的地位低下は、決して外部環境の変化だけに起因しているわけではない。むしろ、自分たち自身にこそ要因がある。

 技術とは経営資源だ。この経営資源を守り高めてゆく、製造業としての基本的な営みに手を抜いてきたことが、技術力低下につながり、海外展開の苦戦の要因にもなっていると、連載第1回第2回に渡ってお伝えしてきた。今回は、この技術伝承を解決するとどのような恩恵が企業にもたらされるのかについて、話したい。

 最初に、「技術伝承」を定義したい。技術伝承とは、ベテランやエース級の技術者の暗黙知となっているノウハウを抜け漏れなく棚卸しし、かつ曖昧な部分を全て定量化し、明文化を行い、中堅や若手に技術を継いでゆくことだ。表現を変えれば、製造業の財産である技術という経営資源を守り、高め、広め、活用する行為である。

「技術伝承は儲からない」はウソ
見積もり回答期間8割短縮のからくり

 技術伝承がなされれば、エース級の人材のノウハウが組織全体に伝わるので、全体的な底上げ、すなわち高平準化が実現される。組織ではここ一番の仕事のときに、「この仕事は○○君でないとできないだろう」とエースに仕事を任せるが、仮にそのエースの人数が倍増したらどうだろうか。組織は確実に強くなるのではないか。「技術伝承は金にならない」は嘘だ。確実に企業が強くなる。 

 具体例を紹介しよう。弊社の支援先で、車載用のあるユニットを設計・製造している企業・A社がある。年商はさほど大きくないが、社名を聞けば誰もが知っている非常に技術力の高い企業だ。その企業で昨年驚くべき効果が出た。見積もり回答期間が従来と比べて80%短くなったのだ。80%になったのではなく、80%短縮されたのだ。そのからくりはこうだ。

 会社の生き字引である前田さん(仮名)が退職をしてしまう。上層部には強い危機感があった。「前田塾」と銘打って、定時後に勉強会を実施していたほどの人だったからだ。しかし、前田さんの全てがそのような活動で伝えられるはずはない。会社は並行して、前田さんに設計ノウハウ集の作成を依頼した。