田舎暮らしはエキサイティング
日々、変化を楽しめる充実感

馬場 「都会も田舎も」という暮らしをすることで、自分が変わって来たなと思うことってあります?

鈴木 東京にいるとむずむずしてきます。木を伐りたい! とか、実家に1日いると「あ~、あれメンテナンスしたい…」って思ったり(笑)。

馬場 わぁ、うちに来てほしいくらい。そういう人を夫にしたい(笑)。

鈴木 都会にいると、常にサービスを受けられる「お客さん」でいられるんです。でも、自分でメンテナンスをする、面倒を見るということはとても面白いことですよ。都会の「究極のシステム」に身を委ねると、エネルギーの発露が消費に向かいがちです。ところが、窓ががたついているから直そうとか、クルマのオイルの量を見ようとか、ソーラーパネルを拭いて電気を作ろうとか、土鍋の蓋がかけたから接着剤でつけようとか、そういう「自分で暮らしをつくる」ことの面白さを一度知ると、都会での「完全なお客さん」という自分に物足りなくなりますね。まあ忙しくて言うほどできていないですが…。

馬場 都会では、人間にある、狩猟本能や採集本能が、消費に向けられているのかもしれませんね。田舎にいると「フキをゲット!」とか、本当に自分の手で得られるものがある。それで満たされるし、そのこと自体に一生懸命になれます。そのエネルギーの向かいどころがなければ買い物になったりもするけれど、買い物だと隙間は埋まっただけという気がするんですよね。それよりは、「これは食べられるのか?」などと草が見分けられて、自分で食べ物を見つけられるほうが、自分自身に蓄えられる力を感じてより満足度は高い。単純にそんな気もしています。

鈴木 自分で作ったり採集したりすると、よりおいしく食べられるしね。田舎暮らしは僕にとってはエキサイティングなこと。芽が出てきた、花が咲いた、霜が降りた……1週間、数日ごとに変化があるんです。いつも見ていて美しい。大げさに言えば神様がいるんじゃないかと思うくらいなんですが、都会にいるとそういうことは感じないで生きていけます。

馬場 それこそ「循環」の中にいる感じですね。土地との接続感が強い。

鈴木 接続という意味では、パワーをもらえる感じ、生きている感じもありません? 人間は一人では生きていけない。単純な事実です。食べるためのニワトリも人参もすべて、太陽や風や水があってできる。

馬場 それこそ、“生きることは殺すこと”ですね。

鈴木 自分以外の人が殺してくれるのが都会。

馬場 人間が生きるためのシステムを正確に理解し、身をもって学ぶことがまず、これからの未来をつくる一歩になるはずですね。