MOFはシェールガス革命への対応策

中山 なぜ、そのようなことを考えたのですか。

北川 2007年頃から、シェールガスの話題が出てきたからです。日本の化学産業は原油を輸入し、ナフサからエチレンなどの石化原料・基礎化学品をつくり、多数の石油化学製品をつくり出してきました。これに対し、アメリカではシェールガス革命によって、今後は原油から自国のシェールガスに大きく舵を切り、ガス(天然ガス、シェールガス)を中心とした産業構造に変えていくものと考えられています。シェールガスは天然ガスの一種で、原油よりずっと安いですし、アメリカ国内で採れるので安定供給は確実です。海外の原油に頼る必要はありません。そうなると、石炭、石油の次として、ガス(気体)の時代がやって来るかもしれません。
 すでにこの影響は出始めており、日本国内のエチレンプラントは現在、かなり停止・統合・廃棄に追い込まれています。これは日本の場合、天然ガスが原油価格に連結しているため高止まりし、アメリカの天然ガスに比べて5倍もの開きがあるからです。それなら日本でエチレンをつくる必要はなくなって、いっそのことアメリカでエチレンをつくったほうがいいわけです。
 シェールガスはメタンやエタンが主成分で、エタンからエチレンが簡単につくれますので、ここでもアメリカは原油を使う必要がなく、高い原油からつくる日本はそれだけ不利な状況に追い込まれています。
 もちろん、原油からしかつくれないものもあります。たとえばベンゼン、トルエン、キシレン、ブタジエンの4つです。ベンゼンはプラスチックや洗剤、医薬品に使われるので非常に重要です。ブタジエンはタイヤの原料ですから、自動車産業が日本にある限りこれらの需要は確実に残ります。これらは原油からしかつくれず、シェールガスからはつくれません。
 僕はいま、内閣府エネルギ―戦略協議会のワーキングで触媒の担当をしていて、化学産業に対して危機感をもって強く主張していることがあります。このまま日本の化学メーカーがコスト高の原油をベースにしていると、いずれ破綻するということです。だから原油ではなく、天然ガスやシェールガスのような「気体原料から化学品をつくる」構造に産業全体をシフトしていかないといけないと思うんですね。
 そのためにこそ、このMOFが必要なのです。つまり天然ガスから選択的にメタンやエタンをつかまえ、分離・濃縮し、触媒で効率よく反応させる。選択的にメタンを吸い込めば、MOFとの複合触媒により効率的に水素を取り出したり、ベンゼンを取り出したりできる可能性を秘めています。ベンゼンをつくり出すには高価な白金などの触媒が使われていますので、「元素間融合」の技術でより安価で高性能な触媒をつくればいいわけです。たとえば今回の人工ロジウムのようなものは最有力候補なんです。

中山 なるほど、アメリにおけるシェールガスの開発で日本の化学産業が危うくなる。その対抗措置としてMOFを考えてきたというわけですね。まずは最初の5年間で気体を濃縮・還元するためのMOFプラントをつくって、次の段階でMOFに使う触媒という反応場をつくる。別々に見られていた2つの技術が将来、どこかの時点で出会って完成するということですか。壮大な計画を立てておられたのですね。

北川 ただ、僕はそんなに器用ではないので、両方を同時に進めるというわけにいかない。それで最初に濃縮空間をつくり、次に元素間融合で新機能を持った触媒づくりをしたということです。すでに触媒メーカーとの共同研究も進んでいて、ある程度のものはできています。例えば、パラジウムのナノ粒子の表面にMOF構造を薄くつくっていくものです。このような触媒はこれまでまったくなかったわけで、シェールガスを使うことを想定した新機能触媒です。

中山 MOFも「元素戦略」の一環と考えてよいですよね。

北川 そうですね。MOFを使えば、石油からしかつくれなかったベンゼン、トルエン、キシレン、ブタジエンなどの基礎化学品をシェールガスからつくれる可能性があり、MOFこそ日本の化学産業を救う一つの道になると思っています。
 


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