二地域居住が広まれば、
住む場所をもっとニュートラルに選べるようになる

吉里 二地域居住も、過渡期のライフスタイルだと僕は思います。でも、これが広がっていけば、今後は東京もローカルになるはずです。神戸、金沢、福岡などの都市を見ていると、今後は東京も神戸も金沢も等価になってくる。人生において、重要なものは、どの地点に立っているかというフェーズによって変わってくるような気がしています。今は、僕らのような仕事の仕方だからこそ成立するライフスタイルとして、僕らの周辺から二地域居住なども浸透している気がしますが、今後は誰でもそうした可能性が高まってくる。

馬場 東京周辺に住む必然がなくなり、こだわらなくなるわけですね。「東京信仰」みたいなものも、今後は崩れていくという……。

吉里 米国だったら、「ニューヨークが一番」というような価値観はないですよね。同様に、自分のスタイルに合った場所を、今よりもニュートラルに選べるようになるんじゃないかなと思っています。R不動産のサイトでも、エリアで分けるのではなくて、各地の情報をデータベースにして1000万円などの金額ベースで検索して一覧化できるようになると面白いかなと思ってるんですよ。東京で働いている人が東京に住む必要がなくなれば、全国の物件からニュートラルに選べるようになりますよね。そうすると、きっと、東京の不動産の高さが際立つと思うんですよね。

馬場 何のためにここに住んでいるかを考えないと、ただ東京にいるというだけでは、意味がなくなりますよね。

吉里 もちろんフェーズによるとは思いますよ。都会にいればこそ勉強できる時期もあるし。

馬場 私自身は、二地域居住をすることで、今まではなかった「発信願望」が出てきた。何かを伝えたいという気持ちが強くなって、それこそ今が、成長の段階で、二地域居住を始めたからこそ俯瞰して見えてきたことがあるんですね。だから、まずはどこかに飛んでみるという第一歩はあってもいいんじゃないかなと思います。

吉里 二地域居住をすると、東京=ローカルだということに気付くのだと。僕も、つい最近だけど、ずっと東京に住む意味はないだろうと考えるようになりました。でも住んでいる以上、じゃあ自分にとってのローカルとは何かと言えば、そこにリアルなコトやモノがあるということ、畑のニオイも含めて、そこにあるということなんだなと思いました。東京にもモノやコトがやっぱりあるんです。例えば、アートや音楽もそうですよね。

馬場 モノやコトに由来するとそうかもしれない。私自身は東京を集約的に見たことはないし、本にも書いた通り、東京に郷土愛的な愛着は持てないのだけど、このカフェが好き、この店が好き、というポイントへの愛着はあるんですよね。

吉里 それでいいと思うし、それこそローカルなのだと思います。僕も東京では、気づくと自転車圏内でしかご飯も食べていないくらいです。

馬場 これも二地域居住の発見かも。東京を離れると、東京を相対化できるというか。いずれ都市、田舎という二極対立的なとらえ方も、だんだん、なくなっていくのかもしれませんね。(了)