ハーバード・ロー・スクールから始まったケース・メソッド

 ちなみに、解釈主義的な立ち位置に立った事例研究から、最終的な解釈に当たる部分を削除し、その「解釈」をどう行うべきかをクラスルームで議論するのが、ビジネス・スクールで行われるケース・メソッド・ディスカッションであると私は考えています。

 つまり、ケース・メソッドに使う良い事例教材とは、参加者が最後の「解釈」、すなわち「判断」をめぐって十分に議論を戦わせられるだけの討議材料を資料として用意しつつも、その「解釈」に対しては、文章内でポジションを取らずに、参加者が自由に議論できる素地を残したものです(*1)。

 ケース・メソッドのルーツを辿れば、それはハーバード・ロー・スクールに遡るそうです(*2)。つまり、判例を研究し、その判断を議論し、解釈を戦わせるというスタイルです。

 これは法律家の教育のみならず、実務家の育成に対しても非常に優れた方法論です。情報を与え、問題を解決するためにその情報を「解釈」する。そして、その解釈をめぐって異なる解釈を持つ別の参加者と議論を交える。そのなかから、自分なりの経営判断、すなわち「解釈」を醸成するという教育です。

 私は、教育のツールとして、ケース・メソッドは極めて優れていると考えています。重要であり、斬新であり、面白い事例を読み解き、その解釈の「幅」を理解し、それを元に実学としての経営を教授する。それが優れた手法の1つであることはハーバード・ビジネス・スクールの名声からも示されていると言えるでしょう。

 そして、教育資料としての事例を作成することに特別なノウハウがあり、それは科学的とも言えるぐらいに磨きこまれた手法の体系です。

 だからこそ、教育資料として完成された事例研究は世界中のビジネス・スクールで採用され、未来の経営者たちからも評価されているのでしょう。

 しかしながら、解釈主義的な立ち位置からの事例研究は、社会科学としての経営学に対しては、貢献しにくい研究であるのも事実だと言えます。

 *1 実は多くの場合、「解釈」は教員のみが参照できるティーチング・ノートに書かれています

 *2 ケース・メソッドの歴史については、こちらの記事が興味深い論考をしています。Garvin, David A. September-October 2003. “Making the Case: Professional education for the world of practice.”, Harvard Magazine, http://harvardmagazine.com/2003/09/making-the-case-html, (accussed 2014-3-19).