会社には、ライフサイクルに適した財務戦略がある

保田 話は変わりますが、石本さんの経験から、経営がうまく行っている企業の財務戦略などがあれば教えてください。

石本 私自身ベンチャーキャピタルで投資担当者をしていたこともあり、また、たくさんの企業のスタートアップから携わらせていただき、一部の成長していったベンチャー企業と、その影に大量の死屍累々と消えていった企業を見送ってきました(笑)。その中の幾つかの成功事例には割と共通しているところがあり、事業のライフサイクルごとに適した財務戦略を実行することができる会社は強いですね。創業期はとにかく生き延びることが大切ですから、ケチケチを貫くことが基本です。なるべくお金を使わないで製品やサービスを立ち上げてなんとかやっていくことです。

保田 資金調達ができたからって、喜んでガーッと使ったら、製品やサービスを世に出す前にお金が残っていませんでした、なんてことは笑い話にもなりませんね。

石本 生き残ってさえいれば、何が起こるかわからないのに死んだらおしまいです。1日でも長く生き残って次のチャンスを待つことが必要です。創業期にいきなり勢いよく飛び立つ起業家はだいたい落ちていきます。

田中 ケチケチ戦略で創業期を生き残ったとして、次はどうしましょう?

石本 製品・サービスがマネタイズできそうです、という段階になったところで成長期に持っていく必要があります。成長期はそれまでとまったく逆です。ここでケチケチな起業家は、そのまま小さくまとまってしまうことが多いような気がします。成長期は、いかに時間を買うかの勝負になってくるので、ここは一気にお金を使っていくステージです。

田中 思い切って舵を切るわけですね。

石本 この段階では資金調達をしっかり行なって、お金を優秀な人材の確保やマーケティングに集中投下する、場合によってはM&Aで時間を買うことも必要です。ここでケチケチやっていたために他社が後から出てきて市場をごっそり持っていかれて終わってしまったというケースは少なくありません。

田中 そこを踏み切れるかどうかが大きなベンチャーになれるかどうかの分かれ道になるわけですね。

石本 成長期の次は成熟期が来ます。成熟期はもう大きな投資はいりません。マーケットシェアもしっかり取りました。ただマーケットのパイは大きくは伸びません。売上もそんなに増えません。このようにその経営者の能力の及ぶことはすでにほとんどやり尽くしました、という状況になってから経営者がどうするかで、その後の会社の状態に大きな差が生まれます。現状に甘んじてしまう経営者さんがいますが、必ず衰退期に突入してしまいます。

田中 衰退期に入らないようにするにはどうしたらいいでしょう?

石本 自分の経営の能力を超えているので衰退期を免れることは難しいケースが多いと思います。ただ、ここで考えられる戦略は2つあります。ひとつは、まだ売上の成長が落ちていない時点で自社を売却すること。成熟期からもう一度成長期に持っていくのが得意な経営者にまかせることです。売上や利益が右肩下がりになった状況で、慌てて「ウチの会社を買ってくれませんか?」と言われても、実際のところはなかなか売れません。

田中 キャッシュフローがきちんと出ているときに次を考えられる経営者さんは強いということですね。

石本 もうひとつは、その段階で金のなる木の既存事業から生まれるキャッシュを投下して、次の新規事業を立ち上げ、既存事業の利益と新規事業の初期の投資時期の損失を上手く企業の中で損益通算しながら上手に事業のポートフォリオを作ることです。

田中 特にストック型ビジネスの会社に多いのですが、安定はしているものの成長は完全に止まってしまい、もはや「ベンチャー」とは呼べないような会社があります。ふたたび成長曲線を上げるためのお金も持っていません。このようなケースはよくあると思いますが、そこからまた成長させた会社を見てきた経験はありますか?

石本 いくつかの事業に手を出したけど、どの事業もなかなか大きく成長しなかった。そこで、基本に立ち返って、創業の事業に絞り、すべての経営資源を集中投下することによって大きく成長させて上場まで持っていったというケースがありますね。