世界で活躍する秘訣とノウハウを教えたい

 かつては、修業に行っても労働ビザなしで働くことも多く、給料が支払われないこともありました。白人ではない日本人が厨房にいることを、お客さんから見えないように隠すという差別的な扱いも受けたそうです。
 しかし、1999年にワーキング・ホリデービザの支給が認められるようになり、書類審査さえ通れば誰でも自由に海外で働くことができるようになりました。失業率が高いフランスでは、外国人を雇うには、経費や労力の面でも大きなハードルがあります。それでも、一生懸命に働き、かつスキルも高い日本人を求めるオーナーも多いのです。
 たとえば、パリのビストロ「シェ・ミッシェル」のオーナーは、雑誌『クーリエ・ジャポン』の取材にこう答えています。

「日本人は、フランス人に比べて、労働意欲が高く、仕事も早くて丁寧。この国から日本人の料理人を閉め出すような法律ができたら、パリにあるレストランの、半分以上はつぶれてしまうだろう」
(『クーリエ・ジャポン』2013年March「もはや日本人料理人なしにフランス料理は語れない」より)

 ちなみに、ここまでに名前が出た日本人シェフは、みな自分で店を持つオーナーシェフ。しかし、私がもっと驚いたのは、二つ星・三つ星など有名レストランのスーシェフを務める日本人が多くいるという事実です。スーシェフは、シェフに次ぐナンバー2のポジション、実際の料理の実務をすべて手がける、企業でいえばCOOにあたる重要な存在。
 たんに使われるだけとか、ちょっと働いて終わりというのではなく、メインストリームで活躍できる人たちがとうとう現れたというわけです。

「日本人がスーシェフをつとめるレストランが急増している今、私たちが食べるフランス料理は本当に“フレンチ”なのか?」(前出『クーリエ・ジャポン』より)

 人気料理ブロガーが、こんな問いかけをし、議論が巻き起こったこともあったそうです。しかし今では、批評家は「日本人の貢献がフランス料理を進化させている」と言い、お客さんに至っては「日本人がいると安心する」というくらい評価は定着しました。お客さんから見えないように隠すという時代からすれば、考えられない状況です。

 今回の書籍に登場いただいたのは、フランス、イタリア、スペイン、そして日本にいながら海外でのプレゼンスもある、15人の日本人シェフとソムリエ。シェフはほとんどがオーナーシェフとして、ミシュランで星を獲得した人たちを取材しました。
 今まさに世界を切り拓いている彼らが、どうやって海外に出ていき、どうやって成果を上げたのか。これから海外に行きたいと思っている人はもちろん、今までそんなことを考えてもみなかった人たちにも、その秘訣やノウハウを知ってほしいという思いから今回の本は生まれました。

日本流の「おもてなし」こそ評価される

 2013年9月、ブエノスアイレスで開かれたIOCの総会で、2020年の東京オリンピック開催が決定しました。
 なぜ日本がオリンピック開催を勝ち取れたのか。その背景にあるものと、今回伝えたいこと、この2つはすごく近いのではないかと思っています。
 IOC総会でのプレゼンで日本が何をアピールしたのかといえば、電車が時間どおりに来るとか、街が安全だとか、サービスが丁寧だとか、人々がマジメだとか……。私たちが日頃、当たり前だと思っていることばかり。しかし、考えてみれば、時間どおりに電車が来るなんて、オリンピックを争ったスペインをはじめ海外ではありえないこと。

海外と同じ土俵で戦うのではなく、日本的なところで勝負する。流行語大賞にも選ばれた、滝川クリステルさんの「おもてなし」の言葉が象徴するように、世界に誇れるなんて思ってもみなかったことが評価されたわけです。
 言い換えれば、私たちがもともと持っているスキルを出していけば、世界で当たり前に活躍できる。そういうチャンスが訪れているととらえることもできるでしょう。

 先日、サッカーの本田圭佑選手がACミランへ移籍しました。しかも、背番号はエースナンバーの10。ACミランといえば、セリエA優勝18度を誇る超名門クラブですから、日本でいえば巨人の四番といってもいいくらいのポジションです。
 彼は移籍会見で、海外の記者からの「サムライ魂とは何?」という質問に、「サムライには会ったことがないので……」とジョークを交えつつ、こう答えました。

「日本の男性はけっしてあきらめない精神と、しっかりとした規律を持っていて、私も常に大事にしようと思っている。それがサムライ魂ではないか」

 料理の世界に話を戻すと、かつてフレンチはソースはたっぷり、前菜・メイン・デザートと、量も多いしお皿も多い。バターをはじめ、動物性脂肪を含んだ食材をメインに構成されていました。それが今や、世の中の健康志向を反映して、徐々にオーガニック、ヘルシーというように、動物性脂肪を避ける流れに変わってきています。
 一方、日本は懐石料理を見てもわかるように、少量多品種で見た目も美しい、素材のよさを生かす料理手法が主流。

海外のシェフたちは、そうした日本食のいいところを取り込んで、自らの料理を進化させています。とくに世界で最先端といわれるレストランの中には、これまでのコース一辺倒ではなく、懐石からインスパイアされたものも多いと感じるし、日本の食材が使われることも増えました。
 今では、パリでもニューヨークでも、お寿司はもはや当たり前。全米No.1のレストランガイド『ザガットサーベイ』で、ラーメンがトップに選ばれていることからも、日本食人気の高さがうかがえます。

ここ10年くらいの間に、料理の世界で起きたこうした変化も、日本人シェフの技や能力が評価されるようになった理由のひとつでしょう。
 戦後何十年にもわたって、日本は、欧米に追いつけ追い越せでやってきました。そしていつしか文化も日常生活も、欧米に合わせるようになってしまった。それは日本が戦争に敗れ、自信をなくしてしまったからかもしれません。
 料理人の活躍を見て、私は日本が、かつて世界と自信を持って戦っていた頃に近づきつつあるのではないかと感じました。東京オリンピックの決定、そして本田選手の移籍を見て、その予感が間違っていなかったと確信したのです。