経営×ソーシャル
ソーシャルメディア進化論2016
【第53回】 2014年4月1日
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武田 隆 [クオン株式会社 代表取締役]

【松田修一氏×武田隆氏対談】(後編)
日本は「ビジネスモデル輸出国家」を目指せ!

ベンチャーに期待される次世代のイノベーション

日本が第1次ベンチャーブームに沸いた1970年代前半ごろ、企業で働く人の平均年齢は約25歳だった。それから40年の歳月が流れ、第4次ベンチャーブームが起こりつつある現在では、企業の平均年齢は約45歳。つまり、この40年間で就労者の平均年齢は実に20歳も上がったことになる。
団塊世代が後期高齢者(75歳以上)となるまで、あと10年。これからますます高齢化が進むこの日本で社会全体のサステナビリティを考えたとき、ベンチャービジネスが担う役割はとてつもなく大きい。

いま、第4次ベンチャーブームが来ている

武田 1971年に「ベンチャービジネス」という言葉が日本でつくられてから、今日までの間に、何度かベンチャーブームがあったと思います。

松田修一(まつだ・しゅういち)早稲田大学名誉教授・商学博士。昭和18年10月1日生まれ。1966年9月公認会計士試験2次試験合格、1972年3月早稲田大学大学院商学研究科博士課程単位取得退学。1973年12月監査法人サンワ事務所(現監査法人トーマツ)入社、社員として中堅・ベンチャー企業のコンサルティングに従事。1985年3月「独立第三者による経営監査の研究」にて商学博士(早稲田大学)、1986年4月早稲田大学アジア太平洋研究センター助教授、1991年4月同センター教授に就任。1998年4月早稲田大学大学院(MBA)教授に就任。2007年4月早稲田大学大学院商学研究科(ビジネス専攻)教授に就任。2012年3月早期退職、名誉教授。現在、早大アントレプレヌール研究会代表理事、ウエルインベストメント株式会社取締役会長を含む6社の社外役員、日本ニュービジネス協議会連合会副会長。元日本ベンチャー学会会長。経済産業省・財務省・文部科学省・総務省などの審議会・委員会委員などを歴任。『ビジネスゼミナール会社の読み方』(日本経済新聞出版社)『ベンチャー企業』(日経文庫)『日本のイノベーション123』(白桃書房)等著書・論文多数。

松田 そうですね。大きな変革期、すなわち技術変革期、産業変革期、市場変革期などの変革スタート期には、新たな変革に挑戦しようとする若者や彼らを支援しようとする仕組みが動き出すからです。

 「ベンチャービジネス」という言葉がつくられた1971年から1973年までが第1次ベンチャーブームです。素材産業中心の大量生産・大量消費産業から、加工組立型産業への転換期にあたり、その周辺で研究開発型のハイテクベンチャー企業がたくさん生まれました。第2次ベンチャーブームは、その約10年後、1982年から1985年までで、製造業中心の産業構造から、流通サービス業への転換が行われました。

武田 最近だと、ネットベンチャーブームが思い出されますが……。

松田 ネットバブルは、その後の第3次ベンチャーブームに入ります。第3次ベンチャーブームは、日本が長期不況に突入した1995年からスタートします。95年には技術ベンチャーを支援する「創造的中小企業促進法」が制定され、96年には各県でベンチャー企業に投資する「ベンチャー財団」が設立されました。95年から2006年にかけて長期間続きました。多くの民間ベンチャーファンドが設立され、ベンチャー支援策がたくさん打ち出されました。

武田 それはなぜだったのでしょうか。

松田 ノートパソコンとインターネットが急激に普及し始め、新たな情報サービス業が急拡大し、政策とIT技術の変革期だったのです。さらに、液晶技術や太陽光発電などの家電・エネルギー領域や超高齢化社会の課題解決のため健康・医療のバイオや医療機器領域で、日本の高い技術が活かせそうだということで、経済活性化のために各省庁が垣根を超えた制度・政策づくりに乗り出しました。国立大学の教員の兼職禁止が解禁され、大学の研究成果である知的財産を事業化して起業に活かすこともできるようになりました。産学官、そして地域が連携し、ベンチャーを後押ししたんです。

武田 私が創業したのは1996年ですが、こんな動きがあったとは知りませんでした。

松田 1999年に東京証券取引所のマザーズがスタートし、2000年に大阪証券取引所のナスダック・ジャパン(ヘラクレスへ名称変更後、ジャスダックと統合)というベンチャー等新興企業向けの株式市場が開設され、赤字でも将来の成長可能性があればIPO(新規株式公開)ができるように、証券取引所の審査基準が緩和されました。これで世の中が一気に変わった。会社設立後1年足らずのベンチャー企業でも上場できるようになり、2000年には203社がIPOしました。サイバーエージェントは設立2年で上場を果たしました。

武田 業界がお祭り気分に浸っていた時期ですね。しかし、2000年を過ぎるとネットバブルが崩壊します。

松田 「メダカがクジラを飲み込む」と言われたように、新興ベンチャー企業が豊富なIPO資金でM&Aを活発に行いました。しかし、インターネットを活用したアイデア企画型の多産多死型のネットベンチャーブームは短期間で終わってしまいました。2006年のライブドア事件によってIPOの審査基準も厳しくなり、IPO時に売上高10億円、経常利益2億円が実質審査基準になりました。

 2000年からずっと150社前後で推移していたIPO社数は、2008年秋のリーマンショックに端を発した世界同時金融危機による株価低迷で、2009年に19社、2010年は22社にまで急減しました。簡単に上場できない時代になっていましたが、現在「将来の成長可能性基準」に審査基準が戻りました。2013年のIPO数は58社になり、私は昨年あたりから、第4次ベンチャーブームに入ったと思っています。

武田 隆(たけだ・たかし) [クオン株式会社 代表取締役]

日本大学芸術学部にてメディア美学者武邑光裕氏に師事。1996年、学生ベンチャーとして起業。クライアント企業各社との数年に及ぶ共同実験を経て、ソーシャルメディアをマーケティングに活用する「消費者コミュニティ」の理論と手法を開発。その理論の中核には「心あたたまる関係と経済効果の融合」がある。システムの完成に合わせ、2000年同研究所を株式会社化。その後、自らの足で2000社の企業を回る。花王、カゴメ、ベネッセなど業界トップの会社から評価を得て、累計300社のマーケティングを支援。ソーシャルメディア構築市場トップシェア (矢野経済研究所調べ)。2015年、ベルリン支局、大阪支局開設。著書『ソーシャルメディア進化論』は松岡正剛の日本最大級の書評サイト「千夜千冊」にも取り上げられ、第6刷のロングセラーに。JFN(FM)系列ラジオ番組「企業の遺伝子」の司会進行役を務める。1974年生まれ。海浜幕張出身。


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