残業代の未払いや社員のメンタルヘルス、パワハラなど、近年次々に深刻な労務トラブルが表面化し、企業経営の根幹を揺るがすようなリスクとなるものも増えている。現在はそうしたトラブルを抱えていない企業も、いつどんなきっかけで発生するかもしれず、油断はできない。では、労務トラブルは避けられるのだろうか。また、万が一発生した場合にはどのように対処すればいいのか。中小企業経営労務研究所を経営する社会保険労務士の 岡本孝則氏に話を聞いた。

第5回:企業が直面する労務トラブルの最新トレンド中小企業経営労務研究所
社会保険労務士
岡本 孝則

――労務トラブルが以前よりも増えているといわれています。

岡本 近年、労務トラブルは増加の一途をたどり、しかも問題は複雑化、長期化する傾向にあります。厚生労働省が毎年5月、6月に発表する労働相談や労使紛争件数、労災請求件数などの数字に表れているものは氷山の一角といっても過言ではないほど、日々、労務トラブルは起きています。企業規模の大小、業種を問わず、そうしたトラブルが起こる可能性に例外はないと考えていた方が良いでしょう。

 ただし、経営者が常に冷静に会社の労務の現状を把握し、高い危機意識を持って周到に準備をすることにより、リスクを最小限に抑えられるのも事実です。逆に会社の将来を見越した労務リスク対策に乗り出さない限り、今後も多種多様な労務トラブル対応に振り回されるという可能性が出てきます。

――どうして、以前に比べて労務トラブルが増加しているのでしょうか。

岡本 景気は回復しつつあるといわれていますが、依然不透明な状態が続いています。中小企業の経営者には特に、売上や利益が増加していても、いつまた資金繰りが悪化し、給与や賞与の支払いに窮するかもしれないという不安があり、人件費は最低限に抑えておきたいというのが正直なところでしょう。そこで、景気回復によって業務が増えた分を、正規社員を増やすことで対応するのではなく、非正規社員を増やすという対応が続いているわけです。それでも、正規社員にまったく負担が生じないはずはなく、それが“余裕のなさ”となって、長時間労働によるメンタルヘルスや過労死、多忙な管理職によるパワーハラスメントといった問題が多発するようになったと考えられます。

 また、終身雇用や年功序列という雇用システムが崩れ、リストラされる社員を目の当りにすることで、社員の会社に対する気持ちが変化してきています。権利に対しての意識が以前よりも強くなり、インターネットで情報を集めたり、労働基準監督署やユニオンなどへの相談を行ったりと、自分の身を守る積極的な行動がおこり、経営者へ直接主張をするようにもなってきました。労使ともに信頼関係の薄さが目につくようになってきました。

 さらに、派遣労働者、契約社員、パート社員といった非正規社員の増加により、社員間での一体感がなくなったことや、信頼関係が希薄な上司と部下、あるいは同僚同士など、“職場のコミュニケーション不足”も労務トラブル増加の大きな一因です。コミュニケーション研修をわざわざ行う必要があるほど、上司も部下もコミュニケーションの取り方が下手になりました。その結果、余計な誤解や疑心を生み、労務トラブルにつながる事例も少なくありません。