働き始めてわずか1ヵ月後にスーシェフに

 半ば押しかけで雇ってもらったわけですから、もちろんビザなし、場合によっては給料なしで働かされたのではと思いきや、きちんと労働条件を交渉をしたといいます。いきなりイタリアに行って、40軒断られたうえ、たまたま採用してくれた店に交渉できる人なんて、なかなかいないでしょう。

「自分はお金は最低これだけは必要だし、家も借りないといけないので、ビザもほしい。ただそれを保障してくれるなら、僕はもうここで1日20時間でも何十時間でも働く。それだけの覚悟はある、と言ったんです」

 すると、「わかった」と言って、奇跡的に条件をすべて受け入れてくれました。ダメだろうなと思っても、とりあえず言ってみる。こういうとき、多くの人は「ビザくれ」「給料くれ」と権利ばかりを主張してしまいがちですが、「その代わり死ぬ気で働く」と言ったのがよかったのでしょう。きっと「殺気」のようなものが伝わったのだと思います。

「最初の3年間は、修業というより生きる術を学びましたね(笑)。今は調理場にスタッフが15人ほどいますが、当時は同じところにたった5人だけ。毎日、死にもの狂いで働いていました。でも、まだ20代と若かったので、全然苦だとも思わなくて、むしろ楽しかったですね」

 8年たって人数も増え、やっと普通の生活ができるようになったと語る徳吉シェフ。やっぱり、自分の成長につながることをしているときに、つらい、苦しいと思ってしまうようでは本物ではないのでしょう。はたから見たら「大丈夫?」と思うことを楽しいと感じられるときこそ、力がつく時期なのです。

「今もそうですが、もう楽しくてしょうがないんです。ここで働いているみんなは、家に帰りたがらないですから。三つ星レストランのレベルになると、どうしてもここで働きたいと思って入ってきた人たちばかりなので、文句なんて言わないんです」

 仕事が大好きで愛している。そんなイタリア人もいるという話にも驚きましたが、まさか家に帰りたがらないとは。イタリアは組合が強いので、普通なら週休2日で労働時間も決まっています。ではオステリア・フランチェスカーナの給与が高いのかといえば、最低賃金レベル。それでも三つ星で働けることがステータスになっていて、みな学べることがあると思って仕事をしているのです。

 これだけ高いレベル、強いメンバーの中で揉まれれば、自分に力がついているのも実感できるし、レベルも上がるでしょう。いい意味でのピアプレッシャーがあるから、自分ももっと頑張らなければとなってモチベーションも上がる。国内海外を問わず、まわりの人たちのマインドが高いところで修業することは、やはり重要だと確信しました。