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めちゃくちゃわかるよ経済学 シュンペーターの冒険編

イノベーションを再定義

坪井賢一 [ダイヤモンド社論説委員]
【第6回】 2007年12月19日
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 シュンペーター(1883-1950)は16世紀からモラヴィア(現チェコ)に暮らしてきたドイツ人の子孫で、このまま成長すれば地元の学校を卒業して家業の織物工場を継いでいたかもしれない。ところが、シュンペーターが4歳の1887年、父親ヨーゼフ・シュンペーター (1855年生まれ)が32歳で急死したため、住み慣れたチェスチュを離れることになったのである。

 母親はやはりドイツ人で、医師の娘である。名前はヨハンナ・グリューナー・シュンペーター (1861年生まれ)。4歳のシュンペーターを抱え、26歳の母親は故郷のイフラヴァ(Jihlava)に引っ越した。イフラヴァはチェコ語の地名だが、当時はドイツ語のイーグラウ(Iglau)という名称だった。

 イフラヴァをチェコの地図で探してみる。チェスチュの北北東へ20km足らずの町だ。モラヴィアとボヘミアの境界、ボヘミア側である。
http://www.mapy.cz/#x=135700480@y=133533696@z=8@mm=ZP

 現在のチェコ共和国イフラヴァ市のホームページを見てみよう。
http://www.jihlava.cz/index.asp

 町の中心に市庁舎があり、広場となっている。市庁舎は15世紀後期ゴシック様式の見事な建築で、最大のランドマークだ。イフラヴァは作曲家グスタフ・マーラー(1860-1911)が生後3ヵ月で移り住んで以来、1871年にプラハへ転居するまで11年間暮らした町でもある。マーラーとシュンペーターはウィーンで交錯しているが、それはまた項をあらためて語ることになるだろう。

シュンペーターの教育のために
グラーツへ移り住む

 じつはこのシュンペーターの冒険記は、当初1901年のウィーン大学入学から始めるつもりだった。しかし、シュンペーター家が16世紀からモラヴィア(現チェコ東部)で暮らし、幾世代にもわたって織物工場を経営してきたドイツ系事業家だったことを知り、チェコの歴史に踏み込んでみた。

 ちょっとシュンペーターから離れてきたので、ここで復習しておきたい。

 シュンペーターは1912年の著書『経済発展の理論』の中で、経済成長は企業家のイノベーションによって駆動されると述べ、当時のマルクス経済学、ドイツ歴史主義、新古典派経済学とはまったく異なるダイナミックな論理を構築した。論理であって数理的な経済理論ではないため、その後大半の経済学教科書では少し触れられている程度だ。しかし、経営学には大きな影響を与えたし、現在の世界中の経営者、官僚、政治家はほぼ全員イノベーションの決定的な重要性を理解しているだろう(注1)。

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坪井賢一 [ダイヤモンド社論説委員]

1954年生まれ。78年早稲田大学政治経済学部卒業後、ダイヤモンド社入社。「週刊ダイヤモンド」編集長などを経て現職。著書に『複雑系の選択』『めちゃくちゃわかるよ!経済学』(ダイヤモンド社)『浦安図書館を支える人びと』(日本図書館協会)など。


めちゃくちゃわかるよ経済学 シュンペーターの冒険編

「経済成長の起動力は企業家によるイノベーションにある」とする独創的な理論を構築したシュンペーターの発想の冒険行を、100年前のウィーンから辿る知の旅行記。

「めちゃくちゃわかるよ経済学 シュンペーターの冒険編」

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