1000人の命運を賭けた戦い

 自然、つっかかる口調になっている。

「うん、そうだ。そこでだ。今度は年をとった役員OBではなく、現役バリバリを社長にして最後の勝負をしてみたい。君は本社で大いに働いてくれた。君の業績は認めている。しかしそれは君の業務部長、つまり参謀役としての業績だ。スタッフとしての君の能力の高さは十分認める。だが、君はまだラインの長としての経験がない。私としては、それを見てみたい。同時に、その君に太宝工業の命運も賭けてみたい。太宝工業は鋳物業のメーカーで、業種としては衰退産業だ。だから、現役バリバリの君が行って頑張ってもらって、それでも黒字にならないなら、この際あの会社をつぶす。そのときはご苦労だが終戦処理までやってもらいたい」

 ──終戦処理までやれというのか。たしか太宝工業は社員200名ぐらい。それに専属の下請け協力会社が数社入って、それを合わせると300名近くの人が働いているはずだ。奥さんや子供さんを入れると1000人ほどの人びとの生活がかかっているだろう。その整理を鋳物のイの字も知らない俺にやれというのか。 
 スタッフとしての業績は認めるが、ラインの長としての実績がないだって? 俺にそういうポジションを与えてきたのは、社長、あんたじゃないか。

 黙って聞いている沢井の頭のなかは忙しく動いていた。
「もちろん……」
 社長が話し続ける。
「もちろん、せっかくここまでやってきたんだから、つぶすばかりが能ではない。食っていけるものなら食っていってもらう。ただ、今までのように赤字をだらだら垂れ流して、親の援助で食っているようなことでは困る。食っていくなら自立して食っていってもらいたい。だから君が行って、あの会社は食っていけるのか、いけないのか、マルかバツか、はっきり結論を出してもらいたいのだ」

「お話はわかりました。それで、その結論をいつまでに出すのですか」
「うーん……」
 社長は、天井を仰いで、眼を閉じた。
「うーん……。そう、まず、1年。1年間で結論を出してもらいたい」
「1年、ですか」
「うん、できるだけ早いほうがいいんだ。1年だ」