タイ 2014年5月15日

タイ・フアラムポーン駅発オリエント急行へようこそ【前編 フアラムポーン駅誕生】

バンコク発ビジネス・生活情報誌『DACO』編集部が、シンガポールとタイを結ぶ、インドシナのオリエント急行「イースタン&オリエンタル・エクスプレス」を体験レポート。前編の今回は、タイの発着駅である「フラアムポーン」の歴史から。

 昔々、野原と運河が広がるのどかな一帯。そこには無数の牛が群れていました。何百頭という牛が飼われていたのです。次から次とこの一帯に牛が追い立てられて増えていくものですから牛もたまりません。「ええ加減にせぇよ、モ~ゥ」。周りに住む住民はその声を聞くたびに「おやおや、また、牛が怒っているよ」。そう言っているうちに、いつしかこの場所は「ウア(牛)・ラムポーン(怒る)」と名づけられました。これが「フアラムポーン」(バンコク中央駅)の名前の由来です。

 「イースタン&オリエンタル・エクスプレス」体験レポートの前に、今回はフアラムポーン駅の歴史をなぞってみます。

 ささ、お席へ。

フアラムポーン駅構内。現在の「ラムポーン」部分のタイ文字表記は転じてスピーカーという意味です【撮影/『DACO』編集部】

フアラムポーン駅の歴史-フアラムポーン駅は2つあった

 1893年、現在のフアラムポーン駅(バンコク中央駅)前のラマ4世通りを挟んだ向かい側にフアラムポーン駅が完成し(ややこしい表現には訳があります)、1960年までの約50年間、ここからサムットプラカーン県のパークナムまでを結んでいました(下の俯瞰写真内番号①)。パークナムへ続く一部の道は現在でも「オールド・レイルロード」と呼ばれています。

 1916年、現在のフアラムポーン駅が完成しました(②)。当時はバンコク駅と呼ばれていましたが、パークナム線が廃止され、旧フアラムポーン駅がなくなると、いつしかバンコク駅はフアラムポーン駅と呼ばれるようになりました。愛着があったんですね、この名称に。

この写真は旧フアラムポーン駅とバンコク駅の拡張された貨物エリア、ホテルも視認できることから1933年以降に撮影されたものと思われる【提供/www.reurnthai.com/index.php?topic=2641.0 ユーザーネーム:Paknam chaopraya】

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