なぜ自己のホメオスタシスを
崩す勇気が持てないのか

神保 宮台さん、ここまでのところでもっと深掘りしておきたいこととかありますか?

「自分は変わりたい」と言う人が、<br />実は「変わらない」と決心をしているのはなぜか10年以上前に岸見氏の著作を読んだことが重大な転機になったと語る宮台氏。

宮台 僕にとって10年以上前に岸見先生にお会いしたことが重大な転機になっています。岸見先生の『アドラー心理学入門』を読み、僕自身も若い頃にアドラーの強い影響下にある自己啓発セミナーのトレーニングを受けていたことがあって、それが何だったのかをアドラーの枠組みで位置づけ直しました。
 その上で、僕が本や講演で使ってきた概念やフレーズにどう対応するのか考えました。そのプロセス抜きでは僕が今やっている性愛ワークショップも政治ワークショップも成り立たない。だって、いろんな理由を持ち出して「できない」と悩む人が来るんだから。「あなたは悪くない」じゃ話になりません(笑)。

神保 なるほど、やりたいけどできないって言う人に「実は君はやりたくないんだよ」って言うんですね。

宮台 これは優先順位の問題です。本人はやりたいと言うし実際やりたいのだろうが、実はそんなに優先順位が高くない。代わりに「モテたいのにモテるための努力ができない理由は、そういうことだったのか」と納得することのほうが高い優先順位だったりする。その意味では「さしてやりたくない」んです。

神保 やりたいと言っているのにね。岸見先生、なぜ人はそれに気づかないんですか? 実はモテたいとかは二番目か三番目の優先順位のことなのに、主観的にはそれが一番したいことなんだと思ってしまう。実はもっとしたいことがあるのに自分はそれに気づかない。なぜそんなことが起きるんでしょうか?

岸見 それはわからないですね。単純明快なことだと思うんですが。

神保 不思議ですね。それは今に始まったことではなく、ギリシアの時代からそうなんですよね。

宮台 僕がサブカルチャー分析で使うキーワードは「自己のホメオスタシス(恒常性維持)Homeostasis of the Self」です。認知的整合性理論とも関連しますが、「自分はこんな人でこういう生き方をする」というフレームやスクリプトを何だかんだと維持しようとする傾向です。アニメや音楽もそのために使われます。
 こうしたフレームが維持され、自己のホメオスタシスが貫徹できれば、人はいろんなものを免除されます。チャレンジの努力も免除されるし、選択できない自分を責める営みも免除される。「トラウマだからできない」とか「自分は然々の性格だからできない」とか。かくして同一フレームに留まることで楽をする。
 本人がどんなに「辛い」と言っていても、自己のホメオスタシスによって免除されることがすごくたくさんあるので、それら免除の利得を手放してまで今の「辛い」状態から逃れたいと思っているかどうか、「辛い」という科白だけじゃわからない。その意味で「辛い」という科白を真に受けちゃいけません。

神保 いま宮台さんがホメオスタシスという言い方で表現したある種のバランスというか、それを崩すことが人間にとってはものすごく勇気がいることだったり、苦しいことだったりするのが背後にあるんですかね。そのことにあまり自分は気づいていない。少なくとも主観的には気づいていないと。

宮台 ただ、ゲシュタルト(全体性)を維持することでさまざまなものを免除される状態を変えたくないと望んでいる事実は、人から言われないと意識できません。なぜなら「あなたのすべての振る舞いは、ゲシュタルト維持という同一の機能に、意図せずして貢献している」という、潜在機能の問題だからです。
 とはいえ、僕のような下手な人が言うと、意識させることは一瞬できるかもしれませんが、「何だこの野郎!」と反発されて、僕自身が自己防衛の対象──いわば敵──になりがちです(笑)。そうなると、僕の言葉は相手に入っていかなくなります。

神保 そこは岸見先生のように色々と技術的に接することが大切なんですね。

岸見 もう一つは、どう変わるかというイメージがはっきりしていないと変われないですね。変わらないでおこうと決心していることまではわかったとしても、じゃあどう変わればよいかがはっきりしていないとどうしようもない。そこは積極的に私も教えます。「カウンセリングは再教育である」とアドラーは言っていますが、これまで知らなかったことを学んでもらう必要があるわけで、ほとんどの人がそれまで実践したことがないようなことばかりです。だから、まずはそれをやってみましょうよと。まぁいろいろ考えはあるかもしれないけれど、まずこれをしてみたらどうですかと提案する。やってみたらうっかり変われるかもしれないわけです。

神保 となると、1週間くらいとりあえずやってみようというのは一つの結論ですかね。いきなり全部変われと言われても勇気が持てないかもしれないので。

岸見 別に元に戻ってもいいんだよと言っておかないと変われないですね。

神保 なるほど。今日は色々と伺いましたが、まだお聞きできていないことも多いのでもう一度おいでいただくようお願いします。最後に宮台さん何かありますか?

宮台 この『嫌われる勇気』がベストセラーになっているわけですが、アドラー心理学の本が日本でこれだけ売れるというのはまったく初めてのことなので、本当に素晴らしいことだと思います。そのことが「あなたは悪くない」と語るカウンセラーを減らすことにつながれば、もっといい。

神保 この本が20数万部も売れているという背景を宮台さんはどう見ますか?

宮台 やはりニーズはあったということだと思います。多くの人たちは「あなたは悪くない」じゃ済まないことだらけという事実を理解するだけの力を持っていて、自分がどんな責任を負うのかを明確にしたいと思っていたということでしょう。

神保 逆に言うと、それだけ嫌われることにビクビクしている人たちがたくさんいたということなんでしょうか?

宮台 そう思います。「その場の切り抜け」と「最終目標の現実化」を切り分けて優先順位が付けられず、右往左往しがちです。ただし、そうした人じゃなくても、この本は読む価値があります。「変わりたいけれど変われない」とこぼすすべての人に意味がある本だと思うので、ぜひ読んでいただきたいです。

神保 では、今日はありがとうございました。次回またよろしくお願いします。

岸見 こちらこそありがとうございました。

(終わり)
※この鼎談の全編は、インターネット放送番組「マル激トーク・オン・ディマンド」にてご覧いただけます。


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