今年10月1日に建国60周年を迎えた中国。華々しい祝賀パレードでは、国産ミサイルや戦闘機などの最新鋭兵器が披露され、世界に向けて「中国の時代」を強く印象づけた。だが、飛躍的に経済成長が続く一方、国内では都市と農村との格差が拡大している。「HIV」「農民工」「学歴社会」などをテーマに中国の農村に深く入り込み、現地調査を続ける早稲田大学准教授の阿古智子氏に、中国の格差社会の現状について聞いた。(聞き手/ジャーナリスト 中島 恵)

――中国の農村に深く入り込んで現状を視察されている阿古准教授に、まずは格差社会の深刻な現状について詳しくうかがいたい。中国が抱える問題の1つに、HIVウイルス感染者が多いことが挙げられる。しかし、実態はほとんど外部に伝わらない。なぜHIV感染者が多いのか。そして、現状はどうなっているのか。

 2005年末の中国政府推計では、中国のHIV感染者は約65万人。同年の衛生部(衛生省)、WHO(世界保健機関)などによる報告では、感染原因で最も多いものが「注射薬物使用」(44・3%)となっている。次いで「売買春」(19・6%)、「有償献血(売血)、輸血、血液製剤」(10・7%)と続く。

 私は、人口700人のうち約3割がHIVに感染し、すでに40人以上の死者を出したという河南省の通称“エイズ村”を何度も訪れたことがある。

 都市開発偏重の経済政策によって格差が拡大し、発展から取り残された地方政府が、コストをかけず巨額の富を生むことができる「売血ビジネス」に目をつけたことが、HIVウィルスが蔓延した発端だ。

 河南省では、1993年頃から96年頃まで省政府が正式に血液売買を奨励していた。そのためこの地域は、売血による感染者が多い。

 採血の際には同じ針を使い、血液中の血漿成分だけを取り出し、不要な成分を体内に戻す際には、作業を早めようと複数の人の血液を混ぜることもあった。針も交換せず、遠心分離機の殺菌もしなかったため、急速に感染が拡大した。

 90年代半ば頃の農民の平均年収は約1500元(2万2500円)で、貧困地区なら600元(9000円)程度に留まる。売血を月に30回すれば、1ヵ月で年収並みの報酬を稼ぐことができる。当時は医療や教育に対する政府の補助がほとんどなかったため、農民らは売血に走ったのだ。

――不衛生な環境で採血されたことなどに対し、農村住民が異議を申し立てることはできないのか。

 彼らは被害者であるものの、売血をしたことは暗黙のうちに「自己責任」
とみなされてしまうため、異議を申し立てる人は少ない。HIV関連訴訟を起こしても、ほとんど受理されない。たとえ受理されても、証拠不全で棄却されてしまうケースが多い。