タイでは政治の混乱が長期化している。こうした状況下、景気の悪化は避けられないとの見方が強まりつつある。そこで、政治要因およびそれ以外の景気下押し圧力など含めて景気減速の背景を整理したうえで、先行きを展望する。短期的に見れば、景気の先行きを過度に懸念視する必要はない。その一方で、政治的対立の根底にある所得格差が解消されない限り、対立は容易に解消しないだろう。

軍が全権を掌握するまでの推移

政治の混乱長引くタイ経済の行方 <br />景気の先行きを過度に懸念視する必要はない<br />――日本総合研究所調査部研究員 熊谷章太郎くまがい・しょうたろう
2008年03月東京大学大学院経済学研究科修了、同年4月株日本総合研究所入社。11年04月内閣府経済社会総合研究所へ出向、2012年04月より現職。専門分野はアジアマクロ経済。注力テーマはタイ経済、インド経済。

 タイでは政治の混乱が長期化している。2006年のクーデターでタクシン政権が崩壊して以降、民主党のアピシット政権(2008年12月~2011年8月)及びタイ貢献党のインラック政権(2011年8月~2014年5月)の両政権のもとで、タクシン派政権を支持するUDD(United Front of Democracy Against Dictatorship、反独裁民主同盟)と反タクシン派のPAD(People's Alliance for Democracy、民主市民連合)の間で対立が続いてきた。

 2013年11月以降は、タクシン元首相を対象に含む恩赦法案が下院を通過したことをきっかけに、アピシット政権下で副首相を務めていたステープ氏を中心とするPDRC(People’s Democratic Reform Committee、人民民主改革員会)による反政府デモ活動が先鋭化した。さらに、本年5月には、憲法裁判所が首相の政府高官人事を違憲とする判断を下し、インラック首相が失職したことを受けて、タクシン派と反タクシン派の双方が大規模なデモを展開するなど、政治は一段と混迷の度を深めた。こうした状況を受けて、タイ陸軍は、治安維持や事態の収拾を目的に5月下旬にクーデターを起こした(注1)

 全権を掌握したNCPO(National Council for Peace and Order 、国家平和秩序維持評議会)は、今後数ヵ月は暫定政権を発足させず自ら主導して国民和解を進め、その後発足する暫定政権の下で新憲法制定を制定し、1年数ヵ月後を目途に総選挙を実施することで、タクシン派と反タクシン派の対立の収束を目指すとみられている 。もっとも、両派の和解は難航が予想されるほか、軍主導の政治に対する反対運動も活発化しており、政治の混乱は容易には解消されないとみられる。こうした状況下、景気の悪化は避けられないとの見方が強まりつつある。そこで、以下では、政治要因だけでなく、それ以外の景気下押し圧力など含めて景気減速の背景を整理したうえで、先行きを展望する。

(注1)なお、憲法裁判所、軍、王室(国王)は政治的には中立であるものの、反タクシン派であるとの見方も存在する。