前回(第3回)は、プレゼンテーションの時に起こりがちな、『聞き手の関心を外す』という「落とし穴」を取り上げた。「内容が正しい=相手の態度変容や行動につながる」ではないことをお分かりいただけたのではないだろうか。

 今回から3回にわたって、「指示」に関する落とし穴を取り上げる。

 まず、今回のテーマは「数字」。ビジネスパーソンにとって、数字を用いて判断をしたり、コミュニケーションしたりすることは、極めて日常的なことだ。しかし、そこに使われている数字は本当に意味があるのだろうか?数字だけが一人歩きし、「なぜその数字を用いたのか」という根拠があいまいになっているケースも少なくない。今回は、数値目標の共有がうまくいかなかった、出版社編集長 神野氏の例を見てみよう。

【失敗例】出版社勤務 神野氏のケース
「これまではこの数字でよかったのに・・・」

 神野氏は、30代の若さながら、中堅のビジネス系出版社Bizプレス社の第六出版部で編集長を務めている。以前は、人文系学術書では老舗の紅葉出版に勤め、主に哲学書や歴史書、心理学関係の書籍などを扱っていた。もともと経済学部出身ということもあってビジネスに興味があり、また、老舗ならでは硬直した人間関係に嫌気が差し、転職したのである。

 Bizプレス社は、比較的若い読者向けにスキルアップ系の書籍や自己啓発書などを発売している新進の出版社だ。神野氏がいる第六出版部は、主に「人物もの」を手掛けている。価格は高くても2000円程度。3ヵ月前に神野氏が自ら手掛けた、ベンチャー起業家の半生を描いた書籍が15万部のヒットとなり、編集長とはいえ、新参者の神野氏としては大いに面目をほどこしたところである。

 神野氏の喫緊の悩みは、経営陣からの「費用引き締めの要請」である。原料高騰の余波から紙の価格が高騰し、収益性を圧迫していた。ただでさえ、WEBとの競争や活字離れがある。コスト削減が必須なのはよく分かっているつもりだが、あまり経費を切り詰めてしまうと、「貧すれば鈍す」となって縮小均衡に落ちいりかねない。一番いいのはヒット作の比率を高めることだが、一朝一夕にできる話でもない。さて、どうしたものか・・・。

 神野氏の目を引いたのは、第六出版部の「返本率の多さ」である(書籍は「再販制」「委託販売制」をとっているため、小売店である書店が自らのリスクで商品を買い取るわけではない。書店の店頭で売れ残った書籍は出版社に返品される)。