ヤマザキ 残念ながら、いま暮らしているイタリアだと<獺祭>を手に入れるのは難しいのですが、米シカゴに住んでいたときは、よく買いに行っていました。自宅から30キロほど離れた、日本人がたくさん住んでいるエリアの酒屋さんで扱われていたんです。1瓶買って1週間もつように注意しながら飲んでは、翌週また買いに出かけるので、夫は「そんなに、この酒が好きなの?」と半ば呆れ気味でした。

桜井 そこまでしてお買い求め頂いてたんですか! 本当に有難うございます。

海外生活が長くなるほど痛感する
日本酒の研ぎ澄まされた繊細な味わい

“〆切”とかけて、“獺祭”と解く。<br />その心は……「日本人にしか守れない」旭酒造の桜井博志社長

桜井 ヤマザキさんは10代の頃から海外暮らしが長くていらっしゃるから、日本酒との接点はなさそうなのに、お酒にハマるきっかけが何かあったのですか?

ヤマザキ そうなんです。うちは女系家族で、母もウィスキー党でしたし(笑)、幼いころ身近に日本酒はなかったんです。

 17歳から日本を出て、フィレンツェのイタリア国立フィレンツェ・アカデミア美術学院で美術史と油絵を学んで過ごしたあいだは、もっぱらワインでした(注:イタリアは16歳から飲酒が認められているが、ある程度身体が成長すると早い時期から、水で薄めるなどしてワインを楽しませる習慣がある)。

それが日本酒をよく飲むようになったのは、1996年に一時帰国した頃からです。その年に、イタリア暮らしを綴ったエッセー漫画でデビューしたのですが、母がいた北海道に暮らして漫画家以外の仕事もいろいろ掛け持ちしていました。大学でイタリア語の講師を務めたり、地方テレビ局の番組で温泉やグルメのレポーターをやったり。その番組の取材で、各地のおいしい日本酒を飲む機会に恵まれて、目覚めてしまったんです。

 サッカー元日本代表の中田英寿さんも日本酒がすごくお好きみたいですが、海外生活が長かったからこそ、というのも理由のひとつじゃないかと推測します。日本酒というプロダクトを通じて、日本人の感覚がいかに研ぎ澄まされていて繊細か、海外で暮らしている人ほど痛感しますから。

桜井 なるほど。それは面白いですね。ご主人も、日本酒を一緒に飲まれるんですか?

ヤマザキ 私が美味しそうに飲んでいるから気になるみたいで、少しは口にしてみるのですが、「強いお酒だね」と、あまり得意ではないみたいです。強いといってもワインと変わらないはずですし、「SAKE=強い」という先入観ゆえだと思います。

 きっと、日本酒の繊細さがよくわからないんですよ。イタリア人はプライドが高いから、「自分にはわからない」なんて、絶対に言いませんけど(笑)。イタリアに売り込むとしたら、最大の敵は、この「分からないと言わない」「自分たちが一番正しいと思っている」という民族の特性じゃないでしょうか。