橘玲の日々刻々 2014年7月14日

W杯でのボスニアの「歴史的な瞬間」と
「民族」の魔性
[橘玲の日々刻々]

 6月16日午前0時。ボスニア・ヘルチェゴヴィナの首都サラエボの中心にあるショッピングセンター前は群集で埋め尽くされていました。多くは20代の若者ですが、高齢者や女性の姿も混じっています。

 広場に据えつけられた巨大なモニターにブラジルのサッカー会場が映し出されると大歓声があがり、発炎筒が焚かれ、花火が何発も打ち上げられました。ワールドカップの舞台にボスニア国歌が流れる歴史的な瞬間が訪れたのです。

 ユーゴスラビア解体で1992年から95年まで続いたボスニア内戦は、20万人の犠牲者と人口の半分に迫る200万人もの難民を生み出しました。これはセルビア人、クロアチア人、ムスリムの“民族紛争”とされていますが、彼らはもともと異なる民族ではなく、南スラブ人として同じ容姿、同じ言葉、同じ文化を持っています。

 そんなひとびとを隔てるものは宗教です。地域性や歴史的経緯から、バルカン半島の北西部ではセルビア正教、カトリック、イスラムの3つの宗教が広まりました。しかしこれは、“宗教紛争”ともいえません。400年以上にわたったオスマントルコ統治下でも宗教間の軋轢はありましたが、凄惨な殺し合いは起きませんでした。

 ボスニアの悲劇は近代のナショナリズムによってもたらされました。国民国家とはそれぞれの民族(ネイション)が自分たちの国(ステイト)を持つという政治上の工夫(虚構)で、これによってフランスやイギリス、すこし遅れてドイツなどが国民皆兵の強大な軍事国家となり世界に覇を唱えました。ところがボスニアのように民族的なアイデンティティがあいまいな地域では、隣国(セルビアやクロアチア)の極右民族主義の扇動によって社会は混乱に陥ってしまうのです。

 昨日までの隣人が突然“敵”に変わったときにひとびとをとらえたのは恐怖でした。「奴らが自分や家族を殺しにくるかもしれない」という恐怖から逃れるもっとも簡単な方法は、「奴ら」を自分たちの縄張りの外に追い出してしまうことです。


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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