麹町経済研究所のちょっと気の弱いヒラ研究員「末席(ませき)」が、上司や所長に叱咤激励されながらも、経済の現状や経済学について解き明かしていく連載小説。嶋野と末席からケンジへの熱いレクチャー。前回に引き続き、ケインズ派への反論について2人が絶妙な掛け合いで解説する。(佐々木一寿)

「不況のときには*1、ケインズは、国や行政府がおカネを使って*2、世の中全体のおカネを増やすことができると言っていて*3

 大学生のケンジは一生懸命、前節の内容をアタマのなかでまとめている。

「実際にそのケインズ政策で景気後退に歯止めを掛けられたことはわかりましたが*4、じゃあ、もう僕らは大丈夫なんでしょうか*5

*1 いわゆるGDP成長が芳しくない状態。失業などが引き起こされる
*2 いわゆる財政出動。公共に必要なものを作るという目的に加えて、財政政策によって有効需要を実際に創りだす意義を重要視する
*3 いわゆる乗数効果。財政支出は拠出額以上の効果をマクロ経済に与える。くわしくは前号を参照
*4 世界恐慌に対応するため米国が取った施策(ニューディール政策)などは有名
*5 ケインズへの評価は、80年を経た今であっても、経済学を巡る最重要のトピックのひとつであり続けている。例えば、Paul Krugman,“Mr Keynes and the moderns,”June 21, 2011,Centre for Economic Policy Research,に2014年1月1日アクセス 

 ケンジの疑問に、経済学ガイドを買って出ている末席研究員が応じる。

「景気が順調なときは、まあとりあえず無策でもあまり問題ないとして*6、不景気になったらケインズ政策(財政政策)で急場をしのぐことができて、それでもう経済的に不幸な状況にはなりにくいのであれば、もう世界経済は安泰なのではないか*7、ということをケンジくんは言ってるんですね」

*6 現実には景気加熱抑制などは行う
*7 このことが皮肉にも「ケインズは死んだ」と表現されることがある

 ケンジはまんざらでもない顔をしている。甥のケンジにつられて、まんざらでもない顔になった叔父の嶋野主任研究員が答える。

「まあ、でも実際は、そんなに単純じゃないよね」