上場でなくM&Aを選択する場合にしても、「当社は上場もできますが、御社に売却してもいいですよ」というスタンスで交渉するのと、「当社は上場することが困難なので、なんとか御社で買っていただけないでしょうか?」というモードで交渉するのとでは、交渉力や売却時の価値も違ってきます。つまり当然のことながら、「上場も可能」という選択肢を残しておいたほうが、経営としても、投資としても、可能性が広がるわけです。

 投資家は、「上場が見えてきて、安定株主の比率を高める必要があるなら、その時点で株式を安定株主に売却すればいい。そのときはそのときだから、今はおまえは経営に専念しろ」といったことも言うかもしれません。しかし、上場が見えてきて高くなることがわかっている株を投資家が本当に売ってくれるかどうかは謎ですし、上場が確定していない株を一部だけ引き取る安定株主がうまく見つかるとも限りません。

 というわけで、将来上場を目指す企業のシード期の投資としては(事業の性質によってケースバイケースではありますが)、数百万円の資金調達なら数%程度(preのvaluationで5000万円以上)が望ましいと考える次第です(ちなみに、「pre」〈のvaluation〉とは「増資する直前の株式数に増資する株価を掛けた金額」のことで、「post」とは「増資した直後の株式数に増資した株価を掛けた金額」になります)。

 残念ながらこれは、「すべてのベンチャーが必ずpre5000万円以上の条件で投資を受けられる」ことは意味しません。たとえば300万円が5%ということは、postで6000万円ほどの企業価値になるわけですが(300万÷5%)、どんなにイケてない、将来にわたって年間数百万円程度の利益しか出なさそうな企業までもが、すべてその価値で評価されるなんてことは、ありえません。

 逆にもったいないのは、本来なら大きく成長する可能性のある会社が、「資本政策をちゃんと考えなかったせいで、成長できない状態に陥ってしまう」ということです。そうした悲劇を防ぐことが社会的にも非常に重要かと思います。


【新刊のお知らせ】

ベンチャーの未来を潰す、<br />「エンジェルの持株比率取り過ぎ問題」定価:本体3,600円+税
発行年月:2014年7月
A5並製、頁数:432
ISBN:978-4-478-02825-4

◆磯崎哲也 『起業のエクイティ・ファイナンス

2010年に発売されるや、ベンチャー関係者のバイブルとなった『起業のファイナンス』の続編。ベンチャーが活況を呈し、M&Aも一般的になった結果、起業をめぐるファイナンスも優先株式等を使った複雑なものになってきた。そうした実情に対応し、本書ではより専門的なエクイティ・ファイナンスの実務手続きを解説する。

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