ターゲット層の生活や購買行動の実像をつかむ

「マーケティング調査の提案は、うちにも何社からも来ている。実際に大手の広告代理店を使ってインターネットの調査をやってみたこともある。でも、これを買ったことがある人が何%…。そんな数字がグラフになって報告書として上がってきても、そこに事業の答えがあったことなど一度たりとて無かった。結局、レポートの結論として『30代前後のOLへの共感度を高め、うちのブランドのイメージレベル向上のためにグローバルな有名モデルを使った広告展開をしましょう』という提案はもらって、ケイト・モスを使ってみた…。それだけだな」

 メンズスーツ販売業にいた高山の頭には、ケイト・モスがどんな顔をしていたかは全く思い浮かばなかった。ただし以前、ヤフーの記事で、薬物スキャンダルがあったが、それによってさらに有名になり、かえって仕事が増えたこと、ジョニー・デップか誰かのガールフレンドだったモデル、という程度のことは記憶にあった。

「それは広告代理店に『おまかせ』で調査をやってもらったからではないですか?」

「なに? どういうことだね?」

 高山がまともに問い返したために、田村は極めて不機嫌な表情になった。

「調査会社からデータとして受け取る集計レポートは、せいぜい棒グラフ、折れ線グラフがただ順番に並んでいるくらいのはずです。それを眺めていても、そこに埋もれている重要な意味合いは、まず簡単には読みとれないと思います」

 田村は腕組みをしたまま、高山の話を聞いていた。

「例えば、年代別に質問項目について回答の多いものから順に並べてみて、そして20代独身男性、30代独身男性、30代のお子様のいない妻帯者、30代で子どものいる家庭のある男性…という具合にうまく分類して見ていくと、それぞれのターゲット客層の生活や購買行動の実像が見えてきます」

「ふむ…」田村はうなずいた。

「そして、各ターゲットの客層別に、毎月自由に使えるお金がどのくらいあって、何に興味を持っているか、何に困っているかなどが、明確になるようにしていくと、その方々の購買動機も明確になってきます」

「それで、どういうことがわかったのかね?」 田村は上目遣いのままで聞いてきた。

「まず、普通の男性がスーツを買い始めるのは、学卒で就職活動を始める時です」

「そうだろうな」

「この頃の男性は、スーツになじみが無いので、スーツに関する経験や知識はありません。どこでどういうスーツを買ったらいいのかわからない。それでまず、郊外型紳士服店とか、都心部やショッピングセンターに入っているスーツのチェーン店での購入から、その方のスーツのキャリアが始まります」

 田村は、ただうなずいて聞いていた。