顧客はなぜ、それを選ぶのか?

 ちょっと待っててくれ、と言って、安部野は席を外した。しばらくして、両手に缶詰を三つ持って戻ってきた。

「仮に君が結婚していて、奥さんから、トマトピューレの缶詰を買ってくるように頼まれたとする。君が立ち寄った売り場には3種類のトマトピューレが置いてあったとする」

 安部野は缶詰を三つ、高山の前に並べた。

「君はこの三つの中からひとつを選んで購入しなければならない。どうする?」

「まず、値段を見ます」

「値段は同じだとしようか」

「そうですね」と言って高山は、そのうちのひとつを手にして、缶を見た。 その様子を見て、安部野は尋ねた。

「君は、今、商品の何を見ているんだ?」

 缶を自分の目の前に持った姿勢のままで、安部野の問いに高山は、今自分が何をしているのか答えられなかった。

「えっと、入っている量を確認します。で、どれが良さそうかを見ているんですが」

「どこを見て比べればいいと思っているんだ? 僕に教えてくれ」

「いや、そう言われても答えに困るのですが」

 安部野も缶をひとつ手に取った。

「まあ、そうだろうな。でも、皆、こうやって商品を手にする」

 安部野は、缶を自分の顔の前に近づけて眺めた。

「この行為は、どの商品が良いかを『納得』しようとしているんだろうな」 安部野は自分の持っている缶を高山の前に出した。

「つまり『これがいい』と思える『納得』できる理由を探しているんだろう。表面の写真や絵がうまそうに見えるかとか、あるいは裏に書いてある説明書きから判断するのか、そこは人と売り場の環境によって様々だろうがな」

 安部野は缶をテーブルに置いた。

「『納得』は自分自身の動機にも影響される。英語にGood reason to buyという言い方もある。自分自身に買うことを納得させる良い理由と言う意味だ。それを刺激するパッケージ、表記の工夫もなされているわけで、この『納得』は、つまり『購買』につながる」

 安部野は、ノートパッドの円の中に、『納得=購買』と書いた。

「そうか、こうやって、買い物が着地に至るわけですね。わかりました!」

 安部野は、高山の反応を冷やかな目で見ながら「いや、まだだ」と言った。