高山のひらめき

 高山と中丸は、千葉ショッピングセンターの『ハニーディップ』の店の前に立っていた。 サマーセール直前の売場には、子どもを連れた母親が2人店内にいるだけだった。

 店の前に甘い香りが漂ってきた。香りのするほうを向くと、同じフロアの新しくオープンしたベイカリーショップが集客イベントを行っていた。販売員が風船を店頭で配っており、母親の手を引いた子どもたちが群がっていた。

「どこの国でも子どもって、風船好きだよね」中丸が言った。

「そうだね」高山も、その様子を見ていた。

 やがて店頭で配られていた風船が少なくなると、もう一人の販売員が先ほどの3、4倍の数の追加の風船の束を持って現れた。

 補充後の大量の風船の束は遠くからでも目立ち、離れたところにいた子どもも、つないでいる親の手を放して風船の束に向かって駆け出した。母親たちもそのあとを追い、結局、風船を手にした子どもと一緒にベイカリーショップに入っていった。

 子どもと母親の動きをじっと見ていた高山は、いきなり、「あ…」と言った。

「そうか。この手がある!」

「何? どうしたの?」

「風船だよ、風船を使うんだ」

「『ハニーディップ』だって風船なんかしょっちゅう配ってるよ。さっき、店のバックスペースにも大きなビニール袋に何袋もあったじゃない」

「そうだね。その山ほどある風船でお客さんを誘導するんだ」

 高山は中丸を連れて、『ハニーディップ』の店頭に行った。

「ここに膨らませた風船を30個くらいまとめた巨大な風船の束を3つか4つ作って、ショッピングセンターのモール側、つまり通路側に張り出して高く吊るしたらどうかな」

 高山は店頭でバンザイのポーズで手を上げて、背伸びをした。

「そうすると、この店の左右のモールどこからでも、ここに風船がたくさんあることが見えるだろ。そうしたら子どもたちは風船がもらえるかもしれないと思って、店の前までお母さんを引っ張って来るよね」

「それはわかるけど、店の前まで来るだけじゃないの」

「そしてだね」 高山は今度は『ハニーディップ』の子ども服コーナーの通路の一番奥まで中丸の手を引いて行った。

「この奥にも大きな風船の束を作る。そして『ご自由にお取りください』とモールからでも見える大きな文字で表示して、誰でも自由に取れるようにするんだ」

「ああ、そうか。子どもに手を引かれて一緒に入店してきたお母さんは、帰りに左右の棚にある子ども服を見ることになるね。それ、いいかも…」

「今から準備すると、ちょうどサマーセールの立ち上がりに実施することができる。値下げ表示した商品なら、とりあえずお母さんは手に取ってみようと思うはずだ」

 高山はまるで、自分の視界の中には中丸は入っていないかのように話し続けた。

「そこまで誘導できれば、モノは悪くないわけだから、きっと買ってくれる人も増える。『来店』して『接近』してもらい、そして商品に『納得』して、『購買』だあ。やったぞ!」

「何、言っているの、君?」

 中丸の問いを無視して高山は、携帯電話を取り出し電話をかけた。 1分ほどで話を終えると高山は言った。

「中丸さん、今本社の秘書の人に確認したら、明日の午後は、夏希常務も空いているって。確か、本部のみんなもいるはず。これからすぐにパワーポイントでプレゼンテーション資料を作る。明日、みんなの前でこの案を説明するから…。じゃ、ぼくは戻るから」

「君、早っ。ちょっと待ってよ」

 中丸は高山のあとを追った。