危ない仕事

 すると、安曇はヒカリの肩をぽんと叩き、うれしそうに話し始めた。

「何を考えているんだね。片道切符のこと? おもしろいじゃないか。ボクが君ならワクワクするね」

「もう、他人ごとなんですから」

「からかっているんじゃないよ。タイガーのことは知らない。だが前原君のことはよく知っている。まじめで、融通が利かない堅物ときている。授業中にボクが冗談を言うと、怒り出すような男だったよ。それにリスクを避ける天才だった。そんな彼でもコンサルタントとして成功したんだ」

 ここまで聞いて、安曇が言いたいことがわかってきた。

 ニューコンにせよ、タイガーにせよ、自分が考えているほど立派な人材がいるわけではない。そんなことに一喜一憂する暇があれば、経験を積むべきだ。そう言おうとしているのだ。

 だが、ヒカリはやめるべきか、留まるべきか、依然として逡巡していた。

「私が出向させられるタイガーは、もしかしてニューコンに持ち込まれた危ない仕事を専門に引き受ける会社なんでしょうか」

 安曇は黙ったまま頷いた。

「報酬が安くても、しがらみがあって断れない仕事もあるだろうし…」

「そんな仕事をさせられるんですね。経験にはなるのでしょうけど」

 ヒカリはプライドを傷つけられたという顔をしていた。そんなヒカリの甘えを、安曇はとっくに見抜いていた。

「もう、8年も前のことだ」安曇は、突然思い出話を始めた。

「不本意にも、父親の遺言で社長になってしまった女の子がいてね。ボクはその子の指南役を引き受けたんだ。由紀ちゃんと言うんだけど、彼女は会計も経営もずぶの素人だった。ボクは由紀ちゃんにこんな質問をしたんだ。『餃子屋と高級フレンチでは、どちらが儲かるか?』ってね。そしてCVP分析の仕方を教えた」

「面白そう。餃子屋はお店の維持費はそれほどかからないけど、限界利益率は低い。でも、高級フレンチは料理の限界利益率は高いけど、お店の維持費もかかる。だから、儲けはお客さんの入りによって決まってくる……。違いますか?」

 ヒカリは当然のように答えた。

CVP分析……Cost-Volume-Profit Analysisの略。Cost(原価)、Volume(販売量)、Profit(利益)の3つの関係について行う管理会計上の分析手法のこと。

限界利益率……限界利益(売上高から材料費と外注費を差し引いた額)を売上高で割った値。会社の利益計画策定に大いに役立ちます。