電話をしていないときは、部屋で本を読んだ。裁判官がGED[一般教育修了検定]を受けてほしいと言うから、俺の宗教アドバイザーになっていたムハマド・シディークとそのための勉強を始めた。今さら算数なんかやりたくなかったから、シディークが紹介してくれた先生から中国語を習った。しっかり勉強したおかげで、後年中国へ行ったときは会話に困らなかったほどだ。

 本をまるまる1冊読む以上の暇つぶしはない。ウェイノと毎晩、部屋で本を読み合った。1人が本を持って、もう1人が類語辞典や国語辞典を持つ。知らない言葉に出くわしたとき調べられるように。判決内容をのみ込めるよう、判決文を題材にすることまであった。

 ウィル・デュラントの『文明の物語』はじつに面白かった。毛沢東の本も、チェ・ゲバラの本も読んだ。マキアヴェリ、トルストイ、ドストエフスキー、マルクス、シェイクスピア、などなど。ヘミングウェイも読んだが、がっかりだったな。心を魅かれたのは反抗や革命の話だ。中でもお気に入りは、アレクサンドル・デュマの『モンテ・クリスト伯』だった。主人公のエドモン・ダンテスには心底共感した。彼も敵にはめられて投獄された。だが、そこでめげなかった。最終的な成功と復讐に備えていた。刑務所で途方に暮れたときは、デュマの作品を読んだ。

 もともと社会に腹を立てていたし、自分のことを殉教者と考え始めた。暴君は死んだときに支配が終わるが、殉教者は死んだときに支配が始まる。だから、毛沢東やチェ・ゲバラを読んで、いっそう反体制的になった。毛沢東に入れ込むあまり、彼の顔を体に刺青してもらったくらいだ。アーサー・アッシュ[黒人テニス選手として初めてウインブルドンに優勝]もよかった。自伝は本当に面白かったし、あんなに健全で器用な人間とは全然知らなかった。

 くそ長い行進のあいだ、心の中では毛沢東の隣にいた。刑務所のシステムを自在に操れるようになるのが俺の目標だった。いちばん弱い新入りの刑務官とか、俺に好感を持っている刑務官を探すんだ。