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かの残響、清冽なり――本田美奈子.と日本のポピュラー音楽史

「服部=笠置ブギ」15曲で日本中ダンシング
同時期にシンフォニック・ジャズも発表

坪井賢一 [ダイヤモンド社論説委員]
【第57回】 2014年8月8日
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JASRAC(日本音楽著作権協会)に「アーティスト名・笠置シヅ子」で登録されている作品は56曲、そのうち服部良一の作曲作品は45曲である。アルバムの感覚でいえば4枚分程度だ。笠置は1957(昭和32)年に43歳で歌手業から撤退し、女優として草創期のテレビドラマや映画、演劇へ転身している。このときに芸名を「シズ子」から「シヅ子」へ変えた。

ブルースからブギウギ、そしてロックへ

 筆者(1954年生まれ)が覚えているのはテレビドラマで母親役などを演じていた笠置シヅ子であり、歌っている映像を見たのはごく最近のことである。激しくダンシングし、シャウトしていた笠置は、40代を超えて身体が思ったように動かなくなったことから女優へ転じたのだという。その後、歌うことはまったくなかったそうで、筆者が知らないのは当たり前なのだった。

 服部良一が書いた45曲のうち、タイトルに「ブギウギ」「ブギ」「ブギー」と入れた作品は以下の15曲である。編曲もすべて服部良一による。作詞者の「村雨まさを」は服部良一のペンネームだ。

東京ブギウギ      鈴木勝作詞        1948年1月(発売時期)
さくらブギ       藤浦洸作詞        1948年2月
ヘイヘイブギ      藤浦洸作詞        1948年4月
博多ブギウギ      藤浦洸作詞        1948年5月
大阪ブギー       藤浦洸作詞        1948年9月
ブギウギ時代      村雨まさを作詞      1948年11月
ジャングルブギー    黒沢明作詞        1948年11月


ホームランブギ     サトウハチロー作詞    1949年7月
ジャブジャブ・ブギウギ 天城万三郎作詞      1949年8月 
名古屋ブギー          藤浦洸作詞        1949年11月
ブギウギ娘       村雨まさを作詞      1949年12月


買い物ブギ       村雨まさを作詞      1950年7月
黒田ブギー         村雨まさを作詞      1950年10月


アロハブギ         尾崎無音作詞 藤浦洸補作 1951年2月


七福神ブギ         野村俊夫作詞       1952年4月

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坪井賢一 [ダイヤモンド社論説委員]

1954年生まれ。78年早稲田大学政治経済学部卒業後、ダイヤモンド社入社。「週刊ダイヤモンド」編集長などを経て現職。著書に『複雑系の選択』『めちゃくちゃわかるよ!経済学』(ダイヤモンド社)『浦安図書館を支える人びと』(日本図書館協会)など。


かの残響、清冽なり――本田美奈子.と日本のポピュラー音楽史

日本のポピュラー音楽の誕生をレコード産業の創始と同時だと考えると、1910年代にさかのぼる。この連載では、日本の音楽史100年を、たった20年の間に多様なポピュラー音楽の稜線を駆け抜けた本田美奈子さんの音楽家人生を軸にしてたどっていく。

「かの残響、清冽なり――本田美奈子.と日本のポピュラー音楽史」

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