遺書は、書斎の机の上にひっそりと置かれていた。
 二枚の便せんに分けて書かれた文面はあまりにも潔く、従容としていたが、死とはそんな簡単なものであろうか。
 この男にとって、人生とはなんであったのか。
 そして、この男の死に、どんな事情があったのか。
 そもそもこの手紙には、誰もが知りたいと思う、肝心なことが書かれてはなかった。
 故に、この男の死は様々な憶測と疑念を呼んだが、それらの騒擾もやがて死という絶対的現実を前にして、沈黙を余儀なくされた。
 南向きの書斎からは、隣接する公園の満開の桜が見えた。その花びらに見送られ、男が自ら人生にピリオドを打ったのは、東の空が明けやらぬ、早春の未明のことであった。
 その死は、男がひとり抱え込んだ苦悩を、永久に封印したかに――見えた。