序章 ラストチャンス
1

 半沢直樹が、営業第二部長の内藤寛に呼び出されたのは、十月の午後五時前のことだった。
 ちょうど朝から降り続いた冷たい雨が止み、雨雲の切れ間から晩秋の錆び付いたような夕焼けがオフィス街を染め上げている。デスクからその光景を一瞥した半沢は美しさに息を呑み、心を奪われたかのように動きを止めたが、すぐに視線を引きはがしてフロア最奥にある部長室へと足早に向かった。
「先ほどの役員会で、営業第二部で新たに一社、担当せよということになってね。ついては君に頼みたい。当部としても現状で手一杯だと抵抗はしたんだが、頭取の意向もあって押し切られた」
「頭取の?」
 思いがけない話に半沢は顔を上げた。頭取が一企業の所管先にまで口を挟むなど、そうあることではない。なにかあると直感したのと、ひとつの社名が内藤から発せられたのは、同時だった。
「実は、その会社というのは帝国航空でね」
「帝国航空……」
 部長室に、しばし重苦しい沈黙が落ちた。「あそこは、審査部に入院中でしょう。しかも、重病患者じゃないですか」
 審査部は、業績不振に陥った大手企業を専門に担当する部署で、通称、“病院”。業績不振の帝国航空は、長年に亘る審査部の担当先だ。
「なんでウチなんです。同社の業績からいって審査部で担当するのが妥当ではないんですか」
 非難めいたものを口調に込めたつもりだが、
「審査部は、帝国航空の業績悪化に歯止めをかけることができなかった」
 内藤は表情ひとつ変えることなく淡々と続ける。「そのことが役員会で指摘されて──いや、端的に言ってしまえば頭取の信頼を損なって、営業第二部でという話になったわけだ。それにここだけの話だが、商事が同社への出資を検討しているらしい。それならウチで担当する意味もある」
 東京中央銀行で、「商事」といえば、同資本系列の東京中央商事のことだ。
「商事が? 何も聞いてませんが」
 聞き捨てならぬ話である。「どういうことです」

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