大不況のパニックが世界を駆け巡っている。「そこには人の心理が大きく作用し、まさに心理戦争の様相を呈している」と指摘するのは、ビジネス・ブレークスルー大学院大学学長の大前研一氏だ。大前氏は、「メンタルブロック」を打ち破るビジネス心理学の重要性を力説する。

 日本はバブル崩壊以後、失われた15年と言われる景気低迷を続けたが、それも2002年を底に回復。景気拡大期間は1966~70年の「いざなぎ景気」を超えて、最長になったという。

 だが、国民にその実感がまったくない。景気回復と言いながら所得は減り続けているのだから、それも当然だ。日本経済は先行き不安に怯えている。だがそれは間違いだ。日本はいくらでも繁栄できる要素を持っている。その引き金となるのは「心理」である。

個人金融資産を流動させれば
千載一遇のビジネスチャンスに!

大前研一
おおまえ・けんいち/ビジネス・ブレークスルー大学院大学学長。ビジネス・ブレークスルー代表取締役。早稲田大学理工学部卒業、東京工業大学で工学修士、マサチューセッツ工科大学(MIT)で工学博士号を取得。日立製作所で原子力に携わり、マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社。日本支社長、アジア太平洋地区会長を務める。『企業参謀』『大前流 心理経済学』『サラリーマン「再起動」マニュアル』など著書多数。(撮影/和田佳久)

 現在、日本の個人金融資産の総額は約1500兆円ある。これはGDPの約3倍。これほどの個人金融資産を持つ国は日本だけだ。仮に1500兆円の10%、150兆円が市場に染み出せば、日本の経済状況は激変する。

 これは国と地方自治体すべて合わせた税収の1.5倍。どれほど巨大な財政出動よりも絶大な効果があることがわかるだろう。

 じつは個人金融資産はバブル崩壊以前は700兆円程度だった。これが“失われた15年”のあいだも増え続け、1500兆円に達した。これは大変不思議なことである。不況のときに個人金融資産が2倍になる国などありえない。

 つまり日本は「真に不況ではなかった」のだ。新聞もテレビも皆口を揃えて不況だというので、そう思い込んでフリーズしてしまった。心理的な思い込みから、メンタルブロック状態に陥った。そこで国民は財布の紐を固く締め、資産を貯め込んだ。

 世界では高齢になると金融資産は減少していくのが普通。だが日本の高齢者の資産は増えている。年金で足りないぶんを貯金を取り崩して使うのが普通だが、日本人は年金の3割を貯金に回す。そして平均3500万円もの金融資産を残して死んでいく。死ぬ瞬間がいちばんカネ持ちなのである。

 残された資産が相続されるにしても、子どももすでに五十代、六十代で、そのカネをまた墓場に持っていくのだ。

 彼らに「なぜ貯めるんですか」と聞くと「イザというときのため」と言う。「イザというときとは?」と聞くと、「そりゃ、イザってときだよ」と同じ答えが帰ってくる。考えていないのである。