中学生ベンチャーキャピタリストにもチャンスがある時代に!?

三田 日本のベンチャー生態系は、これから順調に広がっていくことになりますか?

磯崎 そうなると思います。いろいろと成すべきことは多いのですが。そのひとつには、M&Aがもっと増える必要があると思います。生まれてから日の浅い企業にもきちんと価値が付くようになれば、投資家も資金回収が早まりますし、それだけでなく、ベンチャーで働く人たちの経営や技術を習得するスピードやサイクルも早くなるのです。ベンチャーが増えれば、ベンチャー企業の「相場観」もできて、さらに資金が集まりやすくなっていきます。米国ではベンチャー投資の資金回収(「exit=エクジット」)のほとんどがM&Aによって行われています。あのYouTubeも、設立から約1年8ヵ月でGoogleが買収していますしね。

三田 日本でM&Aの事例がないのも、先ほどの日本と欧米の民族的な違いで語られることが多くないですか? 農耕民族たる日本人はM&Aなんて過激な方法は向かないのだ、狩猟民族のアングロサクソンは狩猟本能をビジネスに持ち込んでいる、などと。これも俗説ですね。

磯崎 はい。そういう問題ではないですね。こちらの図を見ていただきたいのですが、実際のところ、米国でも30年前にはM&Aの事例は非常に少なかったんですよ。徐々にM&Aが注目され、手法が浸透して発展してきたのです。

参考:米国におけるベンチャー企業exit件数の推移
中学生ベンチャーキャピタリストに<br />リアリティがある時代がやってきた


三田
 そうなんですね。米国では大昔からをやってきたのだと思っていましたが、ここ30年で築いた仕組みだとは。日本ではこれから広まるんでしょうけど、すこし時間は必要になりますね。

磯崎 はい、一朝一夕にはいきませんし、日本のベンチャー生態系が急速に伸びてすぐ米国に追いつくといったことは、ちょっと考えられません。まだほんとうに規模はささやかですからね。

三田 金額ベースでいうとどれくらいですか。

磯崎 日本で行われるベンチャーキャピタルによる投資は年間で1千億円くらいです。けっこうな額にも聞こえますが、数百兆円というGDPや、千数兆円とされる個人や法人の資産と比べれば極めて小さな数字です。米国ですとベンチャーキャピタルの投資は年間3兆円ほどに上ります。

三田 先ほど日本でベンチャー投資をしている人は数百人と仰っていましたよね。1千億円の投資を、その数百人だけで行なっているということですか。どんな人たちがベンチャーに投資をしているんでしょう。

磯崎 いまはその点でも転換期です。1990年代までは、証券系や銀行系のベンチャーキャピタルが多かったのですが、日本でも2000年以降は独立系のベンチャーキャピタルの参入が目立ってきました。これ、米国の1980年代の動きとちょうど符合します。ベンチャーキャピタルは確かにお金を扱うのですが、その本質は「イノベーションへ関与すること」であって、「金融」ではないということですね。最近は、金融以外の分野からベンチャーキャピタリストになる人も多くなっています。個人のキャラを前面に押し出して活動する人が増えていることも、ベンチャーが活性化する原動力になっていますね。

三田 ということは、ですよ。中学生とはいえ、財前がベンチャーキャピタルをはじめるというのは、時流としてはさほどおかしくないといえますか。

磯崎 現実に現れるかどうかは別として、マンガの世界で中学生ベンチャーキャピタリストが生まれてもおかしくないくらいの転換期だとは言えると思います。

 投資の世界では、スター的な存在の個人が新しい局面をつくり出すことは歴史的にもありましたからね。たとえば米国では、1975年の証券市場自由化、79年のERISA法におけるプルーデントマン・ルールの緩和というルール変更が行われた時代の節目以降、インテルにいたジョン・ドーアや、編集者だったマイケル・モリッツといった「金融畑」でない人物がベンチャーキャピタリストとなって活躍しはじめました。米国における彼らスターのポジションに、中学生の財前君が就けるのかどうか、『インベスターZ』ファンとしては大いに楽しみです。

 それに、ベンチャーキャピタルの世界では、「タイムマシン経営」がいまも有効です。タイムマシン経営とはかつて、ソフトバンクの孫正義氏が「米国で流行しているネットビジネスを日本に持ってくれば成功する」と唱えたものですが、米国で起きたことが日本でも時代を経て起こるというわけです。

三田 最近では米国から周回遅れになっているジャンルは少ないようにも思いますけど、ファイナンスの世界は「タイムマシン経営」が当てはまるんですね。

磯崎 ベンチャーのファイナンスはいまも30年遅れで米国の動きをなぞっているといっていいです。こんなにはっきりタイムマシン理論が当てはまり、先が読みやすいジャンルもないですよ。

三田 米国で起こったことが日本でも起こるなら、財前が米国のスターに自分をなぞらえるということはあり得ますね。

参考:米国のベンチャーの歴史とM&Aの推移
中学生ベンチャーキャピタリストに<br />リアリティがある時代がやってきた