「国境の長いトンネルを抜けると」
著作権の高邁な目的

 そもそも著作権とは何でしょうか。

 著作権法にはその目的について、「著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与すること」(著作権法第一条)と書かれています。

 つまり、著作物の利用については、「作った人の権利を守り」、同時に「文化の発展に寄与」するという具合に、二つのバランスを取ることが大事だということを念頭に置く必要があります。日本の法律で、「文化の発展」をうたったものは他にありません。何と高邁な目的ではありませんか。

 では、著作物とは何でしょうか。同法によると、著作物とは「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう」(著作権法第二条一項一号)とあり、「創作性」という考え方を基本に据えています。

 著作権法が言う「創作性がある」とは「他の作品を真似ていない」「作者の個性が感得できる程度に出ている」という意味と理解されます。レオナルド・ダ・ヴィンチの「モナリザ」やベートーヴェンの交響曲のように、高度のクオリティーを持たなくてもかまいません。

 また、誰が作っても同じような結果になる、ありふれた表現は著作物とみなしません。例えば、「おはようございます」「このリンゴは美味しい」「一郎が笑った」などが該当します。これらのフレーズは他に表現しようがありませんね。

 この点、よく議論になるのが、「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」という名高い一文です。もしもあなたが、川端康成の『雪国』のこの出だしを広告のコピーに使おうとする場合、どうなるでしょうか。

 実は、この部分だけだと、著作権侵害になるかどうか意見が分かれます。国境や県境のトンネルを通過したら雪景色だったということはよくあることで、川端ならずとも同じような文章になってしまうのではないか、という議論です。著作権法が言う「創作性」の範囲を示す境界線はこの辺にあるのかもしれません。