これでは国民のための裁判所ではなく、任命してくれた政府のための裁判所となってしまいます。そこで先ほどの憲法の規定が生きてくるのです。

 まず、憲法76条3項では「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ」とあります。国会や内閣の干渉を認めない趣旨であることはもちろんですが、これには上席の裁判官などからの干渉も防ぐ意味もあります。

 憲法78条は、裁判官がむやみに辞めさせられるようなことがないことを保障しています。たとえ心身の故障があって仕事が続けられそうにない場合でも、裁判官たちの裁判で決定されてはじめて辞めさせられます。

 また、「公の弾劾」というのは、国会に置かれた弾劾裁判所によって辞めさせられることです。裁判官が職務を怠けたり、国民の信頼を裏切るような行為をしたと弾劾裁判所が判断したときには裁判官は辞めさせられます。過去にストーカー行為をした裁判官やスカートの中を盗撮した裁判官などが辞めさせられました。

 この弾劾裁判所は国会に置かれ、衆参の国会議員たちから構成されています。これは国民を代表する国会議員たちに判断させようとする趣旨からです。このように司法権の独立を守るしくみが憲法には定められているのです。

「でも裁判官は内閣が任命するんでしょ。やっぱり任命権者である政府の方を向いちゃうんじゃないの」。

 やはり気が付きましたか……。その問題は残ります。最高裁判所長官は天皇が任命することになっていますが実質的には内閣が任命しています。そして、他の最高裁判所の裁判官たちも内閣任命です。そうした最高裁判官たちが作る名簿に従って任命される下級裁判官たちもみんな内閣のやることに批判などしないイエスマンばかりになるおそれがあります。これではまるで「イエスマンのドミノ倒し」です。

最高裁判所の裁判官の国民審査がある理由

 実は憲法のなかには「イエスマンのドミノ倒し」を防ぐための仕組みも組み込まれています。最高裁判所の裁判官の国民審査の制度がそれです。最高裁判所の裁判官についてだけは、「心身の故障のために職務を執ることができないと裁判により決定された場合」や「公の弾劾」のほかに国民審査により辞めさせることができるのです。

○憲法
第79条 略
2 最高裁判所の裁判官の任命は、その任命後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際国民の審査に付し、その後10年を経過した後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際更に審査に付し、その後も同様とする。
3 前項の場合において、投票者の多数が裁判官の罷免を可とするときは、その裁判官は、罷免される。
4~6 略