リーマン・ショックは世界をどう混乱させたか?

 このリーマン・ショックが、世界に与えた影響は甚大だった。まず欧州では、アメリカ系投資ファンドを利用していた金融機関が、すべて深刻なダメージを受けた。

 例えば、ドイツやスイスでは銀行に公的資金が投入されたし、イギリスでは数行の銀行が国有化された。さらにすごいのはアイスランドで、ここではなんと全銀行が国有化されたのだ。ほんの十数年前までは静かな漁村みたいな国だったアイスランド、ここんとこ急に羽振りがよくなったって聞いていたけど、それはアメリカ型の金融に特化していたってことか。そしてそれが全部パーになったんだな。

 それから、サブプライム・ローンに入ってきていた巨額の投資資金、これらが行き場を失って、原油や農産物などの一次産品に流入してきた。そのせいでガソリンがバカみたいに高くなって、ガソリンスタンドに長蛇の列ができていたのを今でも覚えている。

 さらにはドル安。これは困る。アメリカの信用低下でドルの価値が下がると、相対的に円高になってしまう。2011年に「1ドル=75円」なんて円高が進んだのも、元を正せば出発点はリーマン・ショックからだ。

 あと、消費。あれだけ消費大好きだったアメリカ人がモノを買わなくなったせいで、日本は非常に困った。日本のモノは現状まだ「いいモノだけど、アジアには高すぎ」だ。結局、日本の製造業は、アメリカ頼みだったということだ。中国の富裕層も買ってくれるようにはなってきているけど、そちらの市場はまだまだ小さい。

ギリシア問題でズタボロになった日米欧の“最弱争い”

 アメリカのリーマン・ショックのせいで、2009年は「世界同時株安から世界同時不況」が発生する、最悪な年だった。この年は、日米欧ともマイナス成長を記録した。三役揃い踏みで負け越しなんて、史上初だ。

 でも、いちばん傷を負っているのは、間違いなくオヤジだ。オヤジは華麗なるビジネスヤクザに転身したと思い込んで慣れないマネーゲームに酔い、そのせいで全身を焼かれ、ただ今大ヤケドで入院中だ。

 こんなときこそ、身内筋が、組織を盛り上げていかないといけない。若頭である日本も、まだ20年前の大ヤケドの傷が癒えていないが、湿布や包帯でごまかしつつ、欧州のオジキたちがわりかし元気なのに期待して、何とか頑張っていくつもりだ。

 ところが、そのオジキたちが、いきなり身内に撃たれた。ギリシア問題だ。ギリシアでは2009年に政権交代があり、首相がカラマンリスからパパンドレウへと代わった。その新政権が国の財政状況を調べたところ、旧政権の隠ぺいが発覚したのだ。

 実はギリシアの財政赤字、公表額よりはるかに多かったのだ。公表額はGDP比5%だった赤字が、実際は12%。これは日本で言うなら、「国債発行額は25兆円分と発表しておきながら、実は60兆円分でした」というのと同じくらいの大ウソだ。

 これはマズい! EU加盟国の場合、一国の信用低下は、ユーロ全体の信用低下につながる。だって、ふつうならギリシアだけの信用低下で終わる問題も、使っている通貨が共通通貨のユーロじゃ、ユーロ全体がマイナス方向に引っ張られちゃうからね。

 つまり、諸外国が「ギリシアと関わりたくない=ユーロと関わりたくない」と思うわけだ。リーマン・ショックのたとえでいうなら、今度はギリシアがサブプライム証券、つまり“腐ったミカン”状態になったわけだ。

 この後、当然ユーロの価値は下落し、そのせいで円が相対的に押し上げられてしまった。その結果、日本は2011年に「1ドル=75円」なんていう超円高になったんだ。

 こんなのありえないでしょ。だってバブル後の“失われた10年”がそろそろ“20年”になり、東日本大震災でさらに景気がド凹みした国の、一体どこが良くて円が高いの? 円が高いってことは、みんなが円をほしがるから価値が上がるってことだよ。これでは全然説明がつかないでしょ。

 これは簡単に言うと、三大通貨のうちの二つが虫の息になったから、それよりは満身創痍若頭の方がわずかにマシという判断だ。なにが三大通貨だ、ただの最弱争いじゃん。

 オヤジは全身大ヤケドで入院中、オジキたちは組織の内紛で身内にマシンガンを乱射され虫の息、そして若頭は全身包帯だらけのミイラ若頭で、こいつが一番マシ。なんだこの組織、もう終ってんじゃん。

 あとは、欧米が揃ってズタボロになったから、貿易黒字で国力回復を図ろうと、日本に円高を意図的に押しつけてきたのもあるだろうな。いわゆる「近隣窮乏化政策」だ。これ困るんだよ。これされたら、日本と欧米の関係が悪化する上、円高誘導を狙った欧米の為替介入に投機筋も乗っかってくるから、円高に歯止めが利かなくなる。実際その結果が「1ドル=75円」。ひどいもんだ。

(※この原稿は書籍『やりなおす経済史』から一部を抜粋・修正して掲載しています)