「政治闘争」に勝つ5つの条件

社内の「理不尽な状況」を変える方法<br />高城幸司(たかぎ・こうじ) 株式会社セレブレイン代表。1964年生まれ。同志社大学卒業後、リクルート入社。リクルートで6年間連続トップセールスに輝き、「伝説のトップセールスマン」として社内外から注目される。そのセールス手法をまとめた『営業マンは心理学者』(PHP研究所)は、10万部を超えるベストセラーとなった。 その後、情報誌『アントレ』の立ち上げに関わり、事業部長、編集長、転職事業の事業部長などを歴任。2005年、リクルート退社。人事戦略コンサルティング会社「セレブレイン」を創業。企業の人事評価制度の構築・人材育成・人材紹介などの事業を展開している。そのなかで、数多くの会社の社内政治の動向や、そのなかで働く管理職の本音を取材してきた。 『上司につける薬』(講談社)、『新しい管理職のルール』(ダイヤモンド社)、『仕事の9割は世間話』(日経プレミアシリーズ)など著書多数。職場での“リアルな悩み”に答える、ダイヤモンド・オンラインの連載「イマドキ職場のギャップ解消法」は、常に高PVをはじき出している。

 これは、出版社の編集部長である伊藤さん(仮名、56歳)に聞いた話です。
 彼は、かつてビジネス雑誌の副編集長を務めていました。若手起業家を中心に、ビジネス界に広い人脈をもっていた彼は、エース記者として活躍するとともに、雑誌制作の実務を取り仕切る立場にいました。取材先や営業部、部下からの人望も厚く、次期編集長として期待される存在だったのです。

 しかし、そこには「壁」がありました。編集長です。かつて、エース記者としてその雑誌の「中興の祖」とも言われる貢献をした人物。当時の編集部長からの信任もあつく、編集部に絶大なる権力を有していました。ところが、長期間にわたって編集長を務めた結果、誌面のマンネリ化が進み、部数は低迷。しかも、部下を顎で使う横暴な面があり、編集部に不協和音を生み出す元凶となっていました。

 伊藤さんは、財界中心の編集長の編集方針には批判的で、若者に人気の高い起業家をより多く紹介することで、読者層を広げられると確信していました。また、部下の編集長に対する不満も臨界点に達しており、これ以上、現体制を続けることは会社にとってマイナスだと考えていました。

 そんなある日、伊藤さんは、編集長の経費使用の不正に気づきます。編集長のデスクに置かれていた領収証に記された「日付」と「接待相手」が目に入ったのです。しかし、その人物と親しかった伊藤さんは、その日、彼が海外出張に行っていたことを知っていました。そこで、経理部の同期の協力を得て、過去の領収証について調査。いくつもの不正が浮かび上がったのです。

 その事実を手に、伊藤さんは行動を起こしました。

「これ以上、編集長にはついていけません。この要求を受け入れていただけない場合には、私は退職いたします」

 と編集部長に直談判。当時の編集方針に批判的だった営業部のキーパーソンや、信頼を勝ち得ていた上層部にも情報を伝えました。もちろん、部下はこぞって伊藤さんの行動を支持。その結果、編集長は更迭。伊藤さんが編集長となったのです。

「正直、恐かったですよ。いくら勝てる材料があったとは言え、相手は大編集長ですからね。決死の覚悟で勝負に出ました」

 伊藤さんは、そう振り返ります。

 私は、ここに「政治闘争」に勝つ条件が出揃っていると考えます。
 第1に、「大義」の存在です。部数低迷を抜け出すことは、会社の「大義」に適います。また、部下の不満もその「大義」を支える要素だといえます。
 第2に、その「大義」を果たすだけの力を伊藤さんがもっていたことです。いくら「大義」があっても、それを実現する能力がなければ、伊藤さんの要求は受け入れられなかったでしょう。
 第3に、組織の「民意」を得ていたこと。伊藤さんは、部下はもちろん、当時の編集方針に批判的だった営業部をはじめ、上層部、取材先からの信頼を勝ち得ていました。これがなければ、上司に反旗を翻す伊藤さんは、社内で孤立を余儀なくされたでしょう。編集長や彼を支持していた編集部長も、その弱点をついたに違いありません。
 第4に、「退職の覚悟」があること。実績と能力のある社員の退職は、上層部にとっても脅威です。しかも、「覚悟」があるからこそ交渉に迫力が出ます。裏返せば、転職できるだけの実力がなければ、政治闘争は避けたほうがいいと思います。
 第5に、「不正の事実」です。これが更迭劇の決定打になったわけですが、前記4つの条件が揃わなければ、伊藤さんのクーデターは成功しなかったでしょう。

 逆に言えば、これだけの条件が揃わなければ「政治闘争」は避けたほうがいいといいうことです。あくまで、「敵を滅ぼす最良の方法は、敵を味方にすること」を原則に、粘り強く社内政治と向き合っていくことを忘れないでください。