本業の将来性や不測の事態まで読んだ上でM&Aを行う。そのためには、中長期の経営方針が明確でなければならない。それが曖昧なため、基幹事業か否かの判断ができず、「必要な買い物だから、プレミアムを乗せてでも買う」という決断をタイムリーにできないのだ。

「一方で、京セラやJT(日本たばこ産業)、ブリヂストンなどの成功例もあります。いずれも、国内市場に限界があるため販路と製品ラインナップの充実を海外に求め、買った後の経営にも長けていたケースです。M&Aで買収を行う場合、通常、時価総額に上乗せしてプレミアムを払い、その分、平均して30~40%の『負け』からスタートします。このマイナスをシナジー(相乗効果)、将来にわたる成長でカバーできる場合しか、手を出すべきではありません」

買うのは好きだが
売るのを嫌う日本企業

「商売は仕入れが命」といわれる。つまり、良いものを、安く、適切なタイミングで、かつ有利な条件(支払い方法や時期、返品条件等)で買うのが大原則。会社や事業部門を買うときも、同じことがいえる。
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 服部氏は、M&Aの成功精度を高め、失敗のリスクを少なくするため、まず「売り」から入ることを勧めている。

「日本の企業は、買うのは好きだが、売るのが嫌いなことがほとんどです。例えば、米国のGEは世界市場で1、2位以外の事業は原則として売るという方針を貫いてきました。そこまで極端ではなくても、成長のために事業ポートフォリオを再構築し、中核以外の部門を魅力的なうちに、高値で売る。そうして得た交渉の経験や資金を、コアビジネス強化の買収に向けていけばいい」

 企業や事業部門の売りと買いは表裏一体である。金額交渉の駆け引きや契約書作成時の注意といった交渉プロセス、留意点は、一つの「売り」を体験することで、さまざまな教訓が得られる。その蓄積が成長に不可欠な買収に、将来、生きてくる。

M&Aは総合格闘技
アドバイザーは必須

 少子高齢化やグローバル化が加速する中で、成長戦略の遂行のために、海外を視野に入れる場面が増えてくる。

「M&Aは法律・会計・税務・交渉力などすべて必要な総合格闘技です。自社の経営方針を明確にし、アンテナを張っておくことはもちろん重要ですが、一方で専門家を探し当て、良好な関係を築いておかねばなりません。海外の各種制度や商習慣を知り、実際の取引経験に長けた信頼のおけるアドバイザー、専門家と、普段からコミュニケーションを取っておくべきです」

 服部氏は、今後数年、引き続き「In・Out」のM&Aが高水準で続くと予想する。

「買収の主戦場はやはり欧米です。アジアも成長してはいますが、アジアには洗練された、買収に値する企業はまだ少ない。それらの地域では、M&Aではなく、現地での一からの立ち上げやジョイントベンチャー・資本提携などを優先すべきでしょう。皆が同じ位置から高みを目指してスタートするのですから、買収で時間をお金で買うメリットは少ないと言えます」

 いずれにせよ資本提携等を含めたM&A抜きでは成長戦略を語れない時代が始まっている。