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齋藤ウィリアム浩幸 日本の欠落、日本の勝機

局所的な「危機対応」では不十分
複数のトラブルが同時に起きる事態に備えよ

齋藤ウィリアム浩幸 [内閣府本府参与]
【第5回】 2014年11月10日
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 対してエボラ出血熱はどうでしょうか。米国では二次感染による死者は1人も出ていません。もはや、どちらのリスクが大きいかは言うまでもないでしょう。エボラ出血熱は、患者の血液や体液、嘔吐物、排泄物に触れ、その手で目鼻口の粘膜を触ったりしなければ、基本的には感染しません。

 ですから、精神的に感じる「大きな脅威」レベルのものなのか、今にも身体や生命に危害が生ずる恐れがある「危険」レベルのものなのかを、冷静に見極めるべきなのです。

 これは危機対応の重要な要素です。

「9.11」発生時、
リーダー不在のFRBがとった作戦

 今回は「危機対応」というテーマでお話ししていますが、私が最近聞いた、非常に興味深いエピソードを紹介しましょう。それは、2001年9月11日に米同時多発テロ事件が起きた時のFRB(米連邦準備理事会)の対応に関すること。FRBの関係者が「あれは本当に悲しい出来事だったが、10年以上経ったので、ぜひ伝えるべきだ」とあえて話してくれたストーリーです。

 金融の中心地ウォール街を狙い撃ちしたテロ攻撃は、米国の金融当局者にとってまさに不意打ちでした。攻撃された時、FRBのグリーンスパン議長とナンバー2(いずれも当時)は、スイス・バーゼルのBIS(国際決済銀行)で開催されていた主要10ヵ国中央銀行総裁会議に出席した帰りの飛行機の中。ブッシュ大統領は、フロリダの小学校で子どもたちに本を読んでいました。

 つまり、リーダーが誰もいなかったわけです。そうしたなか、ワシントンDCに勤務していたFRBの「ナンバー3」は即座にある作戦の実行を決意しました。結果的にそれが、米国と世界の金融システムを崩壊から救ったのです。

 作戦とは、その1年前の「2000年問題」で起きると予想された金融クラッシュに備えるために考えられたオペレーションだったのです。

 西暦2000年になると、コンピュータが誤作動する可能性があるとされ、コンピュータシステムが麻痺することによる社会的な混乱が危惧されていたのが2000年問題です。

 この問題に対応するため、FRBではあらゆる金融機関とコミュニケーションをとり、特定のリスクでなく、複合的、同時的な危機にどう対応するかを想定したプログラムを作成していたそうです。

 たとえば、電話回線や携帯電話の停止、証券システムや銀行システムのダウン、ATMの故障、紙幣の搬送停止など、想定されるあらゆる事態に備えて、被害を最小限にとどめるプランを立てていました。

 それはまさに、9.11米同時多発テロ事件で米国と世界が直面した事態だったのです。

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齋藤ウィリアム浩幸
[内閣府本府参与]

さいとう・ウィリアム・ひろゆき
1971年ロサンゼルス生まれの日系二世。16歳でカリフォルニア大学リバーサイド校に合格。同大学ロサンゼルス校(UCLA)卒業。高校時代に起業し、指紋認証など生体認証暗号システムの開発で成功。2004年に会社をマイクロソフトに売却してからは日本に拠点を移し、ベンチャー支援のインテカーを設立。有望なスタートアップ企業を育成している。12年には、総理大臣直属の国家戦略会議で委員を拝命し、国会事故調査委員会では最高技術責任者を務めた。また13年12月より内閣府本府参与に任命されている。世界経済フォーラム(ダボス会議)「ヤング・グローバル・リーダーズ2011」選出。2015年6月より、パロアルトネットワークス合同会社副会長に就任。著書に『ザ・チーム』(日経BP社)、『その考え方は、「世界標準」ですか?』(大和書房)。


齋藤ウィリアム浩幸 日本の欠落、日本の勝機

歴史的に、世界に挑むチャレンジ精神は本来、日本人が持っていた気質。しかし今の時代、日本のお家芸“ものづくり”だけでは新興国に負けるのは火を見るよりも明らかだ。成長へと反転攻勢に転じるために必要なものは何か――。それは革新的なイノベーションを起こすための「世界標準の思考」に他ならない。気鋭の起業家であり、技術者である筆者が、日本が再び世界をリードしていく道はなにかを説く。

「齋藤ウィリアム浩幸 日本の欠落、日本の勝機」

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