株式レポート
11月4日 18時0分
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無常という事 - 広木隆「ストラテジーレポート」

景色が変わった

「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」 川端康成『雪国』のあまりにも有名な書き出しである。ちなみに「国境」は「こっきょう」と読むか「くにざかい」と読むかという議論がある。日本のなかに「こっきょう」はないからというのがその背景だ。「くにざかい」と読めば情緒があるが、リズムや歯切れがいいのは「こっきょう」のほうだ。どちらも甲乙つけがたい。「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」という表現は、景色ががらっと変わるさまをよく表している。実際に今でも冬に、上越新幹線で越後湯沢のあたりのトンネルを抜けると、こうした変化を体験することができる。

先週、ニューヨークに出張していた。戻って来ると、相場の景色ががらりと一変していた。浦島太郎状態か、といえばそんなことはない。現地にいてもウェブカメラとマイクでオンラインセミナーをおこなうなど、東京と密接に繋がっていた。無論、相場の動きも日々追っていたので途切れてはいない(しかし、日銀の追加緩和とそれを受けた日本株の急騰劇は「ライブ」では見ていない。その顛末はこちら⇒11月4日付け『新潮流』)。ただ、あまりにも急激な変化に目が追い付かないのだと思う。

無理もない。日経平均は10月半ばには1万4500円まで下げた。そこからわずか半月、営業日にして10日余りで約2500円もの急騰を演じたのである。日経平均は7年ぶりに1万7000円台を回復した。市場は沸きたった。証券会社的には万々歳である。しかし、僕は悲しかった。悲しいというより恥ずかしい。こんな穴(窓)の空いたチャートを見るのは悲しく恥ずかしい。こんなに鋭角的に反り立った日足を見て興奮するどころか興醒めである。

直近の相場の下落局面で、「馬鹿な日本株」というタイトルでレポートを書こうかと思ったが、あまりにも自虐的で情けなくなってやめた。例えば、今回の底となった10月17日。あんな下げ方はない。あんなふうに底をつけてはいけない。今回の市場変調の震源地は米国である。その米国株式市場に下げ止まりの兆候が出ていた。ダウ平均は10月15日にはザラ場で460ドル安まであったが下げ幅を縮小して終えた。長い下ひげを引いた格好だ。翌日もまた長い下ひげを出した。明らかに下げ渋っていた。それを見ていながら17日、東京市場でTOPIXは安値引けとなった。とるものもとらず、投げられるものをすべてぶん投げて終わったのだ。こんな馬鹿みたいな相場があるか。

その夜のニューヨーク市場が大幅反発となると、翌週の月曜日には578円高と急伸した。それを見た僕はこう呟いた。「こんなに上げるなら、前の日にあんなに売るなよ」。ところが、その翌日の火曜日はこれといって材料がないのに300円安。月曜日の陽線をそっくり打ち返す陰線を出した。しかし、その晩のニューヨークでダウ平均が200ドル超の上昇となると翌水曜日の日経平均は前日の下げをそっくり埋める391円高。それを見た僕はこう呟いた。「こんなに上げるなら、前の日にあんなに売るなよ」。

東京市場の参加者は何を考えているのだろう。おそらく、何も考えてはいまい。中長期的な相場観も、マクロ・ビューも企業業績に対する株価の水準感(バリュエーション)もなにもかもお構いなしで、ただ単にその場の雰囲気と気分で値動きだけを追いかけている。

ギャップ・アップにしてもギャップ・ダウンにしてもすなわち寄り付きで窓が空くというのは、一夜にして景色が変わるということである。裏を返せばそれだけ海外要因に振り回されるということだ。これだけ、ぽこぽこ窓が空くというのは、自分自身で自国マーケットの評価を決められないことの証である。

今回のように短期間でこれだけの値幅が出るというのは、ネット証券としてはうれしい限りである。ボラティリティがトレーダーの取引を生む誘因になるからだ。但し、市場としては未熟であると言わざるを得ない。

上がっても嬉しくない。こんな上がり方では長続きしない。未熟なマーケットが、それまで下げ過ぎていた反動と日銀による「サプライズ」に踊らされ、テクニカルとバリュエーション無視で跳ね上がっただけだ。この前の下落がオーバーシュート(行き過ぎ)だったことは前回のレポートで示したが、そのときのチャートをまた示そう。相場は上にも下にもオーバーシュートするものだが、日本株は極端過ぎる。







目先の相場展望

このまま一気に上値追いとはならないだろう。目先、1万7000円台乗せで達成感が台頭、一服となるだろう。テクニカル的にも過熱感がある。今回の日銀緩和による株高の多くの部分が「サプライズ」効果である。しゃっくりが止まらないときには、びっくりさせて止めるというのがあるが、「わっ!!」と言って一回で止まらなければ、そのあと何度も「わっ!」と言ってもダメである。「サプライズ」というのは一回限りだから、今後は徐々にその分の効果が剥落してくる。

結局、前回のレポートで述べた通り、企業業績見通しが変わらないのに株価水準がふらふら動くというのはバリュエーションが定まっていないということだ。但し、それも14〜16倍の範囲であれば適正と見なせるので、「ゾーンで捉えよう」と主張した。日経平均のEPS(1株当たり利益)が1000円を超えている今、PERが1倍変われば株価水準は1000円違う。PERが14倍から16倍まで動けば株価は2000円上がるのだ。市場のアナリスト予想の平均(クィック・コンセンサス)は1100円だ。PER16倍として17000円台半ばまでは、確かに許容範囲である(表1)。



日銀の追加緩和に対する評価

日銀の追加緩和には、素直に賞賛を贈る。GPIFの資産構成見直しの発表と同じタイミングであったことから今回の日銀の追加緩和はGPIFとの併せ技との声もあるが、それも含めて政府の成長戦略=構造改革を後押しするものとも言えるだろう。今年6月、政府は改訂版成長戦略で企業の稼ぐ力を取り戻すと謳い、その目標に海外と同水準のROEの達成を掲げた。その意味で今回、JPX日経400に連動するETFも購入対象としたことの意義は大きい。これでまたJPX400の注目度が高まり、多くの企業がこの指数に入ることを目指すようになる。その結果、日本企業のROEが改善されることが期待される。量的緩和をしながら企業の利益率改善も促すというのは画期的な策である。これこそまさにQQE、量的質的緩和である。投資家もJPX400の指数や構成銘柄を買うだろう。今はまだJPX400とTOPIXに目立ったパフォーマンスの差はついていないが、これから徐々に差がついてくると思われる。

今回で日銀による緩和は最後、打ち止めとなる、という見方がある。その根拠はこれ以上の円安は日本のためにならないからだとか、これ以上国債を買い進むことは不可能であるから、というものだが、どれも当を得ていない。レポート等でこれまで何度も述べてきたように円安にはメリット、デメリット双方があり、この程度の円安では日本経済にとってまだメリットのほうが勝るだろう。国債購入については、確かに限界に近付いているものの、今回同様ETFの買い入れを増やすという選択肢がある。

しかし、ETF購入は流動性の観点から「量」が賄えないのではないか?との問題が指摘される。最も重要なことは、量的緩和の「量」そのものは関係ないということである。ここは非常に大切なポイントなのでよく理解してほしい。

反リフレ派は、おカネの「量」を増やしたからといってインフレになる、あるいは景気が良くなる、という理論も実証もないと批判する。その通りである。そのような理論も実証もない。だから、なおさら何兆円、マネタリーベースを増やせばいいかなど決まったものはないのである。では何が重要か?それは中央銀行の意志である。絶対にデフレから脱却するのだという強い意志を市場に示すことである。そのためには何でもやる、という姿勢を示すことが重要である。かつてECBのマリオ・ドラギ総裁は、「ユーロを守るためには何でもする」と述べて(述べただけで)欧州債務危機を鎮静化させたが、その手腕は「ドラギ・マジック」と呼ばれた。
今回の日銀の追加緩和がこれだけ市場の反応を呼び起こしたのは、まさにこの中央銀行の姿勢が市場に評価されたからにほかならない。「量」=「金額」で言えば、はっきり言ってたいしたことはない。昨年の異次元緩和のほうが「額」のインパクトはあった。今回は、このタイミングで、市場の裏をかき、やれることはなんでもするという姿勢が評価されたのである。ということは、この先、万が一デフレ脱却が危うくなれば、「黒田バズーカ」は(何度でも)放たれるということだ。文字通り、何でもありだ。ETFの買い入れを3兆円から5兆円、5兆円から10兆円に増額したっていい。

ETF購入は、出口政策を考えた時に難点がある、という指摘もナンセンスである。国債は自動的に満期償還を迎えるがETFは出口に際して日銀が売却しなければならない、それはリスキーだ、という批判であるが、馬鹿馬鹿しい。そもそも、出口政策を考えなければならない時とはどのような時か?金融緩和のし過ぎでマネーがだぶついて、インフレが高進するような状況であり、バブルの兆しが懸念されるような状況だろう。そのような状況では誰もが株を買おうと株式市場も過熱しているだろうから、日銀によるETF売却など問題なく吸収できる。むしろ過熱を抑える「冷やし玉」を握っているほうがバブルの制御という意味では安心ではないか。率先してここで仕込むべきだろう。

率先して仕込むべきというのには、もうひとつ理由がある。国債購入による量的緩和は、出口を考えるような状況ではアベノミクスが成功しているはずだから、金利は上昇しているはずである。そうなれば大量に買い込んだ国債に評価損が生じる。ところがETFの場合、アベノミクスが成功すれば株価は上昇しているはずだから、日銀は利益を得ることになる。資産購入による量的緩和でデフレ脱却と経済再生を狙うならば、国債よりもETFのほうが目的整合的である。

と、いうわけで日銀はいくらでもETFを買えるのだ。こうなっては怖くて誰も日本株を売り崩せないだろう。目先、一気に上値追いはないと述べたが、この日銀の姿勢によってダウンサイドも相当限られる。まさに「黒田プット」、日銀によって下値に保険が掛けられている状況だ。下値がなければ、あとは上がるしかない。

前回のレポートの冒頭で、「上手に思い出す事は非常に難しい」と小林秀雄を引用した。『無常という事』の有名な一節である。それはこう結ばれている。

<成功の期はあるのだ。この世は無常とは決して仏説という様なものではあるまい。それは幾時如何なる時代でも、人間の置かれる一種の動物的状態である。現代人には、鎌倉時代の何処かの生女房ほどにも、無常ということが分かっていない。常なるものを見失ったからである>。

この一節を、そっくり東京市場の参加者に贈る。常なるものを見失って久しい者たちへ。


(チーフ・ストラテジスト 広木 隆)

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