「ほんとうの『哲学」に基づく組織行動入門」の最終回。「価値の原理」に注目し、組織がなぜイノベーションのジレンマに陥るのか、そのジレンマをどうすれば乗り越えられるのかについて新たな視点を提示する。

「価値」を問い直す

西條 剛央(さいじょう・たけお)。 早稲田大学ビジネススクール客員准教授。2004 年早稲田大学大学院人間科学研究科で博士号(人間科学)取得。2009年より早稲田大学大学院商学研究科ビジネス専攻専任講師、2014年より現職。専門は組織心理学、哲学。2011年、東日本大震災をうけて、独自に体系化した構造構成主義をもとに「ふんばろう東日本支援プロジェクト」を設立、物資支援から重機免許取得といった自立支援まで50以上のプロジェクトからなる日本最大の総合支援組織に育てあげた。2014年、世界的なデジタルメディアのコンペティションである「Prix Ars Electronica」のコミュニティ部門において、最優秀賞にあたるゴールデン・ニカを日本人として初受賞。「2014ベストチーム・オブ・ザ・イヤー」を受賞。」著書に『構造構成主義とは何か』(北大路書房)、『質的研究とは何か』(新曜社)、『人を助けるすんごい仕組み――ボランティア経験のない僕が、日本最大級の支援組織をどうつくったのか』(ダイヤモンド社)など多数。

第4回第5回と、星野リゾートや無印良品、日本初のエシカルジュエリーHASUNAを例として、経営戦略からマニュアル作成、デザインコンセプト作りに至るあらゆる場面で役立つ“本質を捉える方法”をお伝えした。

 我々は日々「こっちのほうがよい」「いや、それではだめだ」といったように価値を巡る議論や判断を行っている。そうした価値判断は、戦略、マーケティング、リーダーシップといったあらゆる営みの、判断、選択、意思決定のすべてにかかわっている“本質中の本質”といってよい。したがって、価値とは何かを原理的に理解することは、組織行動を巡るあらゆる事柄の本質——最も重要なポイント——を理解することにつながる。「ほんとうの哲学に基づく組織行動入門」の最終回となる今回は、いよいよ、この構造構成主義の中核原理となる「価値の原理」をクローズアップし、それがイノベーションのジレンマを超える方策となることを論じる。

 価値とは何か。この難問に対して、欲望論的現象学の観点から原理的哲学を鍛え直し、現代社会に蘇らせようと数々の著作を出している哲学者の竹田青嗣は、価値とは「『よい』(快)と『わるい』(不快)の審級による世界分節のこと」とその本質を言い当てている(注1)。ここでいう「審級」というのは上下があるということを意味している。そして、「世界分節」ということは、「よいモノ」「わるいモノ」といったものが世界のどこかに実体として転がっているのではなく、認識主体が世界を「よいもの」「わるいもの」として〝みなしている〟(分節している)ということを意味している。

 では、我々は何をもって良し悪しを判断しているのだろうか。人々の価値判断は様々だが、その“判断の仕方”に共通点はないのだろうか。それに答えるのが「関心相関性」という原理なのである(注2)。これは「存在や意味や価値といったものは身体や欲望、関心、目的に相関的に(応じて)立ち現れる」というものである。この関心相関性を価値の側面に焦点化したものが第3回(リンク)でも触れた「価値の原理」であり、それは「あらゆる価値は関心に応じて判断される」というものである。人事採用の例でいえば、相手(企業・採用者)の関心に沿っていなければ、価値を見出してもらうことはかなわない、ということになる。たとえば、優秀な人材を求めているという前提でいかに自分が優秀かをアピールしても、企業は従順な人を求めていた場合、そのアピールが実ることはない。