捏造報道の原因は
記者の「役人化」にあった?

 英エコノミスト誌は朝日新聞のスキャンダルに関連し、皮肉をたっぷり込めて次のように書きました。「いわゆる慰安婦問題をめぐる記事が間違っていたことを朝日新聞が認めるまでにこれほど長い時間がかかった主な理由は、最初にこの記事に関わった記者たちが出世の階段を登って権勢を振るっていたからだ。結局のところ、記者も役人とそう変わらないのである。」(2014年9月20日号)

 ブロックに批判されたジャーナリストたちも、きっと「役人とそう変わらない」のでしょう。いや、もっとたちが悪いのかもしれません。USAトゥデイのジャック・ケリーは一連の捏造を行ったかどで、のちに告発されました。その中にはコソボ関連のでっちあげ記事も含まれていました。ブロックは「他のバルカン担当員に奇妙な沈黙があった」と指摘し、「ケリーだけなのか、という当然の疑問がジャーナリズム全体で提起されることはなかった」と書いています。

 ブロックが最も注目するのはユーゴ紛争時の米国の報道機関ですが、他の国のジャーナリストたちも著しい偏向、ないし最悪の場合には完全な捏造を行ったと指摘しています。そしてBBCのマーティン・ベル、ガーディアンのエド・バリアミーの2人を、「客観性を放棄した人物」として名指しで糾弾しています。

足掛け14年かけて
日の目を見た日本語版

 本書の原稿は90年代半ばに完成していましたが、米国で初版が出版されたのは2005年のことでした。翌06年には新事実を盛り込んだ第2版が出版されており、本書はその第2版に基づいた日本語訳です。その日本語訳も難産の末に実現しました。翻訳を担当した田辺希久子氏が「訳者あとがき」で舞台裏を明かしています。

 本書はそもそも一九九五年ごろ、当時のダイヤモンド社編集者、江種敏彦氏が企画したものである。(中略)江種氏は旧知の間柄だったブロック氏にユーゴ内戦報道に関する著書の出版を勧め、世界に先がけて日本で出版する予定だった(本書の内容を予告する『もう一つのユーゴ内戦――戦争の走狗と化した欧米メディアの偏向報道』が週刊ダイヤモンド増刊グローバル・ビジネス第4号、一九九六年一月一五日号に掲載)。しかし書きあがった原稿が単行本になるのを見ることもなく、九八年一一月、江種氏は病気のため帰らぬ人となった。訳者は翻訳をお引き受けしたものの、きわめて内容の濃い本書に手間取り、ようやく訳稿が届いたとき、江種さんは病院のベッドの上にいた。原稿を見て、「間に合ったか」と一流のジョークを飛ばされたと聞いている。

 その後、推進役を失った本書は、そのあまりに衝撃的な内容から、監修者が見つからないなどの理由で出版が立ち消えになった。しかしそれから何年も後、二〇〇〇年一〇月にNHKで「民族浄化――ユーゴ・情報戦の内幕」(二〇〇二年に『ドキュメント 戦争広告代理店』として書籍化)が放送されたほか、本書と同テーマの本が続々と刊行され、江種氏の先見の明が証明されることになった。(489~490ページ)

 お蔵入りしていた大部の翻訳原稿にも光が当たり始めました。幸いにも訳者が勤務していた神戸女学院大学研究所の出版助成を受けることが決まり、また江種氏の同僚たちのバックアップも奏功してようやく本書刊行の運びとなったのです。09年3月のことでした。