工藤泰志(くどう・やすし) 言論NPO代表 1958年青森県生まれ。横浜市立大学大学院経済学修士課程卒業。東洋経済新報社で、『金融ビジネス』編集長、『論争東洋経済』編集長を歴任。2001年10月、特定非営利活動法人言論NPOを立ち上げ、代表に就任。その後、選挙時のマニフェスト評価や政権の実績評価、東アジアでの民間対話など、様々な形で議論を行っている。また、2012年3月には、米国の外交問題評議会(CFR)が設立した世界23カ国のシンクタンク会議「カウンシル・オブ・カウンシルズ(CoC)」の日本代表に選出。13年12月、東アジア地域の紛争回避など問題解決に民間で取り組む「新しい民間外交イニシアティブ」を発足。

工藤 私は、言論NPOという組織を立ち上げて以降、中国日報社と共同で、日中の両国民を対象にした世論調査を毎年実施しています。その調査を始めた10年前、最初の調査結果に衝撃を受けました。それは「中国国民の6割以上が、いまの日本を軍国主義だと思っている」ということ。とても驚きました。しかも中国国民は、戦後日本が中国に対して行なってきた多額のODAの存在も全く知らない。日本に報道と言論の自由があることも、ほとんどの中国国民は知らなかったのです。

米倉 たしかにこれからは国民と国民が向き合う時代。しかし、中国国民の6割以上が日本をまだ軍国主義だと思っていたのは非常に驚きです。中国世論は、なぜそのように偏ってしまっているのでしょうか?

工藤 中国世論の構造は、原則として「綱領」なんです。つまり、国の方針。なぜなら、相手国を理解しようにも、情報源が自国メディアしかないからです。「自国メディアの報道」「自国メディアが制作するドラマ」「教科書」、この3つが中国国民の基本的な情報源となります。

 その一方、有識者は全然違います。彼らに同じ世論調査をやってみると、結果が全く違ってくるのです。なぜなら、彼らは情報源を自国メディアだけに依存していないから。自分自身でいろんなコミュニケーション・チャネルを持っているので、多様な情報を入手することができる。そしてその情報をもとに、総合的に自分で判断することができるのです。相手を正しく理解するためには、多様な情報が不可欠なのです。

 しかしながら、お互いを知るだけでは十分ではありません。大事なのは、「未来をベースとした対話」。それがいま、日中間に圧倒的に不足しています。日中関係悪化の根本的な要因だと言えるでしょう。そこで私たちは、先ほど紹介した世論調査だけでなく、日中両国の対話の場「東京-北京フォーラム」を毎年開催しています。日中両国の有識者、財界人、メディア関係者などを招き、“本音の対話”を行なっているのです。これは民間だからできることでもあります。なぜなら政府間は世論を気にしてなかなか動けないし、本音の対話をすることができない。でも民間ならそれができる。加藤さんと初めて会ったとき、個人のレベルで、しかもそれを中国でやっている日本人がいることを知り、とてもうれしく思いました。

加藤 僕が中国に行って一番やらなければならないと思ったのが、言論活動でした。中国には言論統制とか反日感情とかありますが、そのなかで一個人として中国の大衆に向かって日本のことを発信し、対話していく。それはアメリカに移ったいまも同じです。日中の「国民間関係」を正常化するためにも、僕のように個人の立場や、工藤さんのように民間組織の立場でできる役割は大きいと考えています。

工藤 ただし、対話や議論だけでは問題は解決しません。大事なことはただ一つ、「この状況を誰が変えるのか?」に尽きます。誰かが問題を解決してくれることはありません。自分たちの問題は、自分たちで解決するしかないのです。