米倉 たしかに、日本の外交に一番欠けているのはリスクマネジメントかもしれませんね。自分たちがこうしたときに何が起きるのか——そうしたシナリオと戦略が全然足りない。尖閣国有化のタイミングもそうでしたが、安倍首相の靖国参拝も同じ。アメリカのバイデン副大統領が来日した翌日に靖国参拝するという最悪のタイミング。これは中国だけでなく、アメリカにもケンカを売っているようなもの。なぜこうしたことができるのか、許されるのか、不思議で仕方ありませんでした。

政府を動かすためには、
まずは世論を動かす

米倉 ここからは、会場にいる学生たちから、質問を受け付けたいと思います。加藤さん、工藤さん、よろしくお願いします。

学生A 外交問題における国家と国民の関係性についてお聞きします。国家関係に影響を与えるには、どのくらいの国民の対話レベルが必要なのでしょうか?

工藤 まず、いろんな人がどんな発信をしているかを知ることから始めるべきです。テレビを見るだけでは、中国や韓国の人たちへのイメージが好きとか嫌いとか感情的なものになってしまう。しかし、課題を解決するという点では、中国や韓国にも一緒に話ができる人は確実に存在しています。それを知ってほしい。

 そして政府を動かすためには、対話がどのくらいのインパクトを持たなければならないかと言うと、まずは世論を動かすインパクトを持つこと。そのためには、共通のわかりやすい、しかも確信を持った「言葉」が必要です。ちなみに、昨年の「東京-北京フォーラム」では、「戦争を二度と起こさない」という言葉を使い、不戦の誓いをしました。この言葉に多くの人が賛同してくれれば、間違いなく世論が変わり、政府を動かすこともできます。

 さらには、声を上げる人がたくさん出ることも重要です。今日ここの会場にいる100人全員が声を上げれば、その声はつながります。ときには批判する人も出るかもしれないけど、それは議論するための1つの種を蒔くことにもなる。さらにその種が、いまの課題の急所をえぐるものであれば、間違いなくそれは広がり、世論になる。そしてそれが政府を動かすことにもなる。最初の一歩は意外と小さいものでもあるのです。

加藤 国家関係が悪くなれば、個人でも企業でも間違いなくその影響を受けます。その一方で、国民が国家を変えられるのかという点で言えば、まずは「外交には相手がいる」ということを個人レベルでも理解しなければなりません。相手を知らずしてどんなボールを投げるのか。相手をきちんと知ったうえで、時には「このボールを投げるべきじゃない」という判断もあります。

 ちなみに僕は、北京大学の修士論文で「ネットナショナリズムが中国の対日外交へ及ぼす影響」というテーマを書いたのですが、そのために中国の政策担当者たちに取材したところ、その多くが「世論は脅威だ」と言っていました。それだけ中国では、一党独裁でありながら、世論という存在が大きいのです。その中国世論に対し、日本政府はもっと情報や見解を発信すべきです。現状からすれば、残念ながら有効的で、ダイナミックな発信ができていないようです。政府のマンパワーでは限界があるのです。

 そもそも、政府だけに相手国への発信を任せる時代はとっくに過ぎ去っているし、仮に僕たち民間人が「政府なんとかしてくれよ」と批判するだけであれば有権者として失格です。政府とか民間とか関係なく、適材適所で有機的な発信をしていく必要がある。僕のような個人だったり、工藤さんのような組織だったり。対話のプレーヤーが多角化していかないといかない。いろんな人が多元的にアプローチするなかでしか、物事は動かないんです。そのプロセスは同時にリスクマネジメントにもつながる。