長きにわたって赤字を垂れ流してきたパイオニアのテレビ事業に、“外科手術”が施されることになった。その中身は、プラズマパネル生産からの撤退と外部調達、液晶テレビ事業への参入である。背景には、昨年9月に資本提携を結び、パイオニアの筆頭株主へ躍り出たシャープが日増しに存在感を高めていることがある。シャープ主導のテレビ事業改革に活路はあるか。

 2月の最終週、シャープの経営企画担当の松本雅史副社長が、東京・目黒のパイオニア本社を訪ねた。3月7日の公式発表を控えた、パイオニアのプラズマテレビ事業の善後策について“おうかがい”を立てたのだ。

 シャープとパイオニアが資本提携を結んだのは、昨年9月のこと。パイオニア株式の12.48%を保有したシャープは、常々「筆頭株主としての立場を存分に発揮し、パイオニアへプレッシャーをかけていた」(大手銀行幹部)という。

 こうして道筋がつけられた抜本策の中身は3つ。

 第1に、プラズマパネルの生産から全面的に撤退すること。既存の全3工場(山梨、静岡、鹿児島)でのパネル生産を停止する。3工場で働く従業員は、約1400人(2007年3月末時点)に上る。山梨・静岡工場は組み立て工場として残る予定だが、2004年に買収したNECのプラズマパネル事業が母体となっている鹿児島工場は、「機能移転がしにくい」(関係者)ため、要員の配置転換には苦慮しそうだ。

プラズマ不振で2度に渡って下方修正 パイオニアの業績とプラズマテレビの出荷台数 第2に、プラズマテレビ事業の構造を根本的に変える。パネルから組み立てを行なう“垂直統合”モデルから、パネルを外部調達し組み立てのみ行なう“水平分業”モデルへと転換、開発・製造コストを軽減し、価格競争力をつける。

 最後の3つ目は、液晶テレビ事業への参入である。提携先のシャープ製パネルを搭載した液晶テレビを発売し、プラズマテレビの販売不振の穴を埋める戦略だ。

 パイオニアは1997年、世界初の民生用50型プラズマテレビを発売した、社名と同じ文字どおりの「先駆者」である。創業70周年の節目に、“外科手術”を余儀なくされたのは、皮肉である。