「牛肉、中国ではいつ解禁になるんですかねえ」

 日本の食肉業者たちの関心事は今もっぱらこれだ。「昨年香港が解禁したから、次は中国か」と、上海の食品業者に日本からの問い合わせが殺到する。

 中国は日本で2001年に発生したBSEの影響を受け、日本産牛肉の輸入を禁止しているが、上海など大都市では和牛を食べられる店が現実に存在する。上海の金持ちが渇望するのは、霜降りの「舌でとろけるようなうまさ」の和牛。この需要を埋めるのが日中航路を使って行われる密輸だ。

「神戸牛ありますよ」と
耳元でささやかれ

 もちろんこれは和牛に限らない。マグロが正規ルートで本格的に取引きされるようになったのはつい3年ほど前のことだが、大手商社が乗り出し、専門の倉庫を整えと、流通ルートが確立する以前は、現地日本料理店の経営者が自前で買い付け、手荷物や預け荷物で持ち込む「ハンドキャリー」がほとんどだった。日数と関税がかかる正攻法では利益が出ない、ならば自分が往復した方が手っ取り早い――。マグロ、和牛、鯨、馬刺し…、水面下では「日本食の輸出」が非合法にかつ大量に行われているのである。

 上海には600を超える日本料理店があるともいわれているが、06年から目立って「焼き肉」を専門に扱う店舗が増えた。日本人経営者以外にも、「日式焼き肉」の看板を掲げる中国人もいれば、台湾人経営の高級鉄板焼きもある。

 メニューに黒毛和牛とは記入せず「黒毛牛」と表記したり、これと思った客には、「神戸牛ありますよ」と耳元でささやいたりして、それとなく和牛をほのめかす。

 上海の西、外国人居住区に立地するある店では、キロ当たり1500元(約2万2500円)で仕入れた和牛が、1日にして100キロはけるという。ここに出入りする闇業者は日本からキロ当たり9000円で買い付けてくるという。1日の取引だけで135万円の利益を上げることができる計算になる。

 上海市内の銅川路には魚の卸売り市場がある。なんとここは鮮魚だけではなく、輸入牛肉を扱う業者もいる。鮮魚を買い付けに行った日本人が「和牛がぎっしり詰まっている冷蔵庫もあった」と驚くように、日本産牛肉や和牛を手に入れる闇ルートは太く大きくなっていく傾向にある。