人間はあくまで「利」で動く

  ただし、「返報性の原理」を扱うには注意すべき点があります。

 まず第1に、「返報性」のやっかいな側面を知っておく必要があります。
 というのは、「お世話になったのだから、お返しをしなければならない」という思いが、「義務感」として相手の重荷に感じられてしまうことがあるからです。

「義務感」であっても、あなたにとって都合のよい行動をしてくれることもありますが、「重荷」に感じられていれば、その協力関係が長く続くことはないでしょう。いずれ相手はあなたをうとましく思い始めるからです。

 ですから、いきなり「過大な価値」を相手に提供するのは、決して好ましいことではありません。はじめは「小さな価値」を提供することから始めて、お互いに「返報性の原理」を働かせながら、少しずつ「大きな価値」も提供するようにしていくのが賢明でしょう。

  第2に、「返報性」を過剰に見積もらないことも重要です。
 皆さんにも、苦い経験をされた覚えがあるのではないでしょうか? たとえば、さんざん面倒をみた後輩に頼み事をしたけれど、すげなく断られてしまったというような経験です。かなり負担をかける頼み事ならばいざしらず、それほどのことでもない場合には、思わず裏切られたような気がするはずです。何より、あてにしていた助力が得られないことは、仕事上の痛手となります。

 私も、これまで何度も似たような経験をしてきました。その結果、「“返報性”を過剰に見積もらない」と自戒するようになりました。そして、何か頼み事をするときには、必ず相手に対する「利」とワンセットにするように心がけるようにしています。

 身も蓋もありませんが、人間を動かすのは「利」です。
「返報性の原理」は確かに有効ですが、目の前の「利」に比べれば弱いと言わざるをえません。むしろ、「返報性」を過剰に見積もることで、相手の「利」に対する配慮が手薄になってしまうとすれば、逆効果ですらあります。相手を動かすには「利」を与える。「返報性の原理」は、それを後押しする程度のものと、クールに考えていたほうがいいでしょう。