『佐藤可士和の打ち合わせ』が好調だ。およそすべての社会人、いや、社会人経験がなくても「打ち合わせ」を経験したことがない人はいないであろう。そんな多くの人が経験する打ち合わせについて、どう行えば良いのか、そういう視点の本はこれまで少なかったように思える。本がジワジワ売れているのは、日本のトップクリエーターの打ち合わせノウハウを皆が知りたがっているということだろう。
去る11月27日に丸善丸の内本店で行われたトークショーでは、佐藤可士和氏と、書籍の担当編集者の竹村氏の司会で行われた。トークの内容から脱線し、竹村氏の悩み相談のような一幕もあった。「打ち合わせで本音で意見を言うこと」をためらいがちな編集者への佐藤可士和氏のアドバイスが秀逸だ。さらに、1本の打ち合わせから日本を変える方法まで、話は盛り上がった。トークショーの一部をここに紹介しよう。(文/構成 梅田カズヒコ)

作家の出してきた企画がつまらなかったら
どうやって相手に伝えればよいか

竹村 担当編集者の竹村です。今日は何を伺おうかなと思ったんですが、打ち合わせの原理原則はこの本のなかに教科書的に書かれていると思いますが、でも、実現するのが難しいこともある気がしまして。

 たとえば、第一章で「本音で語る」とありますが、けっこう難しいことだなと思うんです。僕なんか、作家さん、著者さんから原稿が来た際に「あまり面白くない」と思っても「面白くない」ってなかなか言えないです。いいところだけ伝えて、お茶を濁すときもあるんですよね。

佐藤可士和が打ち合わせにこだわる理由(前編)佐藤可士和(さとうかしわ)
博報堂を経て「SAMURAI」設立。主な仕事に国立新美術館のシンボルマークデザイン、ユニクロ、楽天グループ、セブン-イレブン・ジャパン、今治タオルのブランドクリエイティブディレクション、「カップヌードルミュージアム」「ふじようちえん」のトータルプロデュースなど。毎日デザイン賞、東京ADCグランプリほか多数受賞。慶応義塾大学特別招聘教授、多摩美術大学客員教授。著書にベストセラー『佐藤可士和の超整理術』(日経ビジネス人文庫)他。

佐藤 リアルですね。

(会場・笑い)

佐藤 たとえば作家が提出したものがいいと思わないのにそのまま発売してしまったら、世間の人もいいと思わないから売れないという最悪の事態になりますよね。もちろん、竹村君が面白いと思わなくても、面白いと思う人がいるかもしれないから、一概に失敗とは言えませんが、でもすごくもったいないですよね。

 何のために打ち合わせで編集者と作家が会っているのかと考えると、いろいろな視点が必要だからですよね。そこで言わないということは、その視点からは検証しないことになってしまうので、やっぱり言わないともったいないと思います。

 僕はストレートに、「これは面白くない」と言うのが正解というわけではなく、「これこれこういう理由で僕はいいとは思わない」ということが「最終的に」伝わればOKだと思っています。別にズバッと言わなくてもいい。1時間の打ち合わせで、最終的にそれが伝わればよいわけであってね。

竹村 会議において少数派で、自分だけがいいと思わなかったとしても、そのニュアンスだけは伝えた方がよいですか?

佐藤 言った方がいいですよ。10人中9人がいいと言っていても、一人でも「うーん、あんまりいいとは思わない」という人がいたら言った方が良い。

 もしかしたら多数決の論理で最終的に結果は変わらないとなっても、少数ながら反対意見もあることをみんなが理解したうえで判断するか、満場一致でそうなったかでは、ぜんぜん違いますよね。だから、打ち合わせでしゃべらないのはダメだということを本の中でも強めに書いています。

竹村 本のなかで、打ち合わせでは「本音で意見を言った方が良い」と何度か書いていましたね。可士和さんのなかで大事な意見なんだな、と思いました。

神様の視点でなんか語れない
自分の意見で語れば良い

竹村 ビジネスシーンだと、自分を出しちゃいけないんじゃないかという呪縛があると思うんですよ。自分の好き嫌いで物事を判断するのってよくないというか。みんながいいと言っているものはいいんじゃないか、という気持ちがありまして。

佐藤 自分を出しちゃいけないと言っても、最終的には自分でしか考えられないですよね。

竹村 そうか。そうですね。

佐藤 そんな、神様みたいな視点でモノは語れないですよ。自分の意見があたかも世間一般で正しい意見のような言い方をしなければいいのです。「僕はこう思う」とついていれば、いろいろな意見が出るのは自然なことです。世論みたいなものと、自分の意見をごっちゃにするとよくないですよね。竹村君は自分を出しちゃいけないと思って仕事をしているんですか?

竹村 いや、何となく皆さんそうなのかな、という…

佐藤可士和が打ち合わせにこだわる理由(前編)

佐藤 自分を出しちゃいけないとか、そういうのはあまり気にする必要はないのではないでしょうか。養老孟司先生の『バカの壁』という本がありましたが、あの本を読んでビックリしたのが、「個性を伸ばそうなんていうな」という意味のことが書いてあって。理由としては、個性というものは元々人間に備わっているものだから伸ばす必要なんてないというわけですね。

 養老先生のご専門は解剖学なので、自分と同じ人間はいないという意味で、個体としての個性というのは、イヤでもあると仰っています。だから、違う人ばかりが集まっているわけで、その違いを埋め合わせて共存していくことが社会だと書いてありました。これはその通りだな、と。だから自分を出すとか出さないとかというのも、正しい意見なんて最初からないと思うので、あまり難しく考えても意味はないですよね。

 そう考える人が多いか少ないかの差というのが実は大きいのであって、多い方が正論だというのも一つの見方ではありますが、神様みたいに、すべてを俯瞰できている人はいないわけです。だから自分の意見でいいんです。じゃないとやってられないですよ(笑)