昨年の大晦日に紅白歌合戦を見た。紅白を見るなんてのは三〇年ぶりくらいになるような気がするが、子どものころに見ていた紅白とはずいぶん趣が変わった印象を受けた。と言っても見たのは二十五番目のMay.Jからで、それもところどころ。

 で、思ったのは、日本放送協会は「公共放送」を常とするはずなのに、大河とか朝の連続テレビ小説とか、自分たちの番組に関わりのある人たちばっかりにスポットを当てて、番組作りがえらく偏向していたことだ。

 もともと紅白に出るには皆さまのNHKへの「貢献度」が重要で、そのためにのど自慢の審査員をしなければならなかったりするのだから、最初から公平じゃないのかもしれない。いや、でも『ごちそうさん』の主題歌を歌ったゆずが選ばれなかったのだから公平なのか?

 ジャニーズグループとエグザイル一派と秋元軍団に支配された紅白だった。

 同じ事務所から六組三十一人が出場するなんて、はっきり言って異常。ここでも選考基準に偏りがあるように思えるが、ジャニー喜多川としてはKAT-TUNやKinki kids、タッキー&翼まで全部出したかったんだろうな。

 とどのつまりは、力のある事務所が日本の芸能界を制す、ということなのかも。出演者の所属事務所も一緒に公表すれば、そのあたりの相関関係もはっきりする。

 ドラマもそうですよね。看板女優が主役を張ると、たいがい同じ事務所の若手女優がチョイ役で出演します。秘書役とか愛人役など、物語の展開に差し障りのない役どころが多く、基本的に大根です。聞いていて切なくなってしまうほど台詞は棒読み。

 これをギョーカイ用語で「バーター」と言います。うちの××を主役に使うのなら、どんな役でもいいので△△も使ってくれませんかね、という事務所サイドからの脅し……、もとい、要請をテレビ局は拒めないんですね。理由はおわかりだと思います。私も怖いのでこれ以上は書けませんが、ドラマの出演者の所属事務所を調べれば、誰が誰のバーターなのか、すぐにわかります。

 という話はさておき、紅白全四八組の出場者のうち、二〇一四年に発表した持ち歌を歌った歌手とグループってどのくらいいたんだろう。みんな古い歌ばっかり。いつの間にか紅白は大懐メロ大会になっていたが、可哀想だったのがMay.Jだった。

 彼女のずっと後にイディナ・メンゼルが本家の『Let It Go』を歌ったのだけど、歌唱力の差がありありと出ていて、格の違いというのか、本家と分家の違いを見せつけられた感じだった。本物と亜流と言ったら怒られるのだろうが、声量がぜんぜん違った。