「知識の呪い」
――初心者への説明がこうも難しい理由

 視点取得の失敗は、さまざまなかたちをとりうる。自分の知識を頼りに他者の知識を推し量るのもその例だ。人はみな、自分の持っている情報や知識に他者はアクセスできないことを、なかなか覚えていられない。この種の誤った視点取得は、しばしば「知識の呪い」と呼ばれる。私たちはあるテーマを熟知すると、その知識を持たない状態が想像しにくくなり、ほかの人々が自分と同じ水準の知識を持っていないかもしれないということが、すんなり受け入れられない。

 前回、ファイナンシャル・アドバイザー弁護士医師とじっくり言葉を交わしたときのことを考えてほしい。会話の途中で、この話し合いがなぜこうも抽象的なのか、なぜ自分はこんなに頭が混乱しているのかと、不思議に思いはじめたかもしれない。私がきちんと注意を払っていないから、話についていけないのだと、自分を責めたかもしれない。だが実際には、相手の専門家が得意分野の用語や抽象的な知識を使って、あまりに速く話しすぎ、そうしているうちに、自分の特権的な知識にあなたがアクセスできないことを忘れてしまった可能性はじゅうぶんある。

 1つ実験を説明しよう。ジョージ・ローウェンスタインとドン・ムーアとロベルト・ウェーバー(この実験が行われた当時、3人はカーネギーメロン大学の同僚だった)は、同校の経営学の学生に、ある重要な細部が異なる2つ1組の画像をいくつも見せた。参加者は次の3つの条件のどれかに割り振っておいた。

 第1の条件では、参加者には、画像について何の情報も与えなかった(「無情報」条件)。第2の条件では、参加者が画像の違いを探す前に、その違いを教えた(「情報」条件)。最後に、第3の条件では、参加者には、料金を払って違いを教えてもらえる選択肢を与えた(「選択」条件)。第3の条件を加えたのは、役に立つ可能性も立たない可能性もある情報を得るために、参加者が現金を使うかどうか確かめるためだった。どの条件でも、参加者には、「無情報」条件の参加者が違いを突き止めるパーセンテージを推測するように指示し、その予想の正しさに応じて謝礼を支払った。

 あなたは、どんな結果になったと思うだろうか?

「無情報」条件の参加者のうち、画像の違いを突き止められた人は約20%しかいなかった。だが、それよりもっと興味深いのは、情報を与えられた参加者が、与えられなかった参加者と比べて、このパーセンテージを大幅に過大評価した点だ。情報を与えられた参加者は、与えられていない参加者のじつに58%ほどが違いを突き止められると思ったのに対して、情報を与えられていなかった参加者は、およそ30%と見積もった。

 この実験からは、ほかにも特筆に値する結果が得られた。「選択」条件の参加者の29%がお金を払って違いを教わり、この情報にお金を払ったせいで、彼らの推定の精度が落ちたのだ。彼らは、情報を与えられていない参加者の約55%が違いを突き止めるだろうと推定した。情報を手に入れないことにした参加者は、このパーセンテージをおよそ35%と予想した。

 つまりこの実験では、参加者は自分の特権的な情報を、それを持たない他者に投影したばかりでなく、自分の判断を偏らせるような情報にお金を払い、自分の受け取る謝礼を一貫して減らしたのだ。参加者は自分がお金を払った情報に耳を傾けすぎた。これはおそらく、それを得るのにお金を払った事実を正当化するためだろう。