新人研修のフレーミング次第で
「離職率」は60%下がる

 この考えの裏づけ調査を行うために、ダニエル・ケーブルとブラッドリー・スターツと私は、ウィプロという、インドに本拠を置くビジネス・プロセスのアウトソーシング・サービスの大手企業でフィールド実験を実施した。同社は世界じゅうの顧客に電話やパソコンのチャットによるサポートを行っている。従業員は、同社のクライアントが提供するサービスや製品関連についての顧客からの質問(航空券の購入、あるいはプリンターの設定方法など)に答える。

 フィールド実験を行ったときは、同じ業界のほかの会社と同じで、ウィプロはコールセンターで働く従業員の離職率が高い状態だった。多くの従業員が、トレーニングを修了してからほんの数ヵ月で疲労困憊して辞めていた。サービス業界の多くの仕事がそうであるように、ウィプロの職はストレスがたまりやすい。インドのコールセンターの従業員は、不満を抱いている顧客の問題を解決してあげなければならないだけでなく、たとえば、欧米風の発音や態度を取り入れ、名前も欧米風のものを使うなど、言動の多くの面を「脱インド化」することをしばしば求められる。

 ウィプロの従業員は従来、すべてのトレーニング(オリエンテーション、発声と言葉遣いのトレーニング、6週間のプロセス・トレーニング、6週間の実地トレーニング)を、15人から25人のグループで完了していた。プロセス・トレーニングでは、顧客について学び、自分の仕事をやり遂げるために必要なステップを身につける。次に、実際の「フロア」に移動して実地トレーニングを受ける。このトレーニングは、監督下で電話に応対するトレーニングと、応対中に明らかになった問題に取り組むための教室での補足トレーニングから成る。組織の一員になるプロセスの最終ステップとして、新人たちは実際の受信業務に移行し、勤務時間中ずっと単独で電話を受ける。

 ダニエルとブラッドリーと私は、オリエンテーションに簡単な操作を加えて、入りたての新人グループに異なる実験条件をランダムに割り振った。オンボーディング・プロセス(新しいメンバーを組織に円滑になじませ、迅速に成果をあげられるようにするプロセス)が、「組織が新人の人生に価値を加える機会」としてフレーミングされた場合と、「新人が組織に価値を加える機会」としてフレーミングされた場合の、新人たちの反応の違いを私たちはとくに知りたかった。

 私たちの設定した「個人重視」条件では、ウィプロの上級幹部が1時間の説明会を行い、まず、ウィプロで働けば従業員1人ひとりに自分らしさを発揮する機会が与えられ各自が成長する好機が生み出されると語った。このプレゼンテーションのあと、新人たちはそれぞれ一連の課題に取り組んだ。その課題は、独自の技能や特徴についてよく考え、そうした資質をどうすれば新しい仕事の中で発揮できるかを検討するよう促すものだった。

 一方、「組織重視」条件では、ウィプロの上級幹部は1時間の説明会を始めると、会社の価値について話し、なぜウィプロが傑出した組織なのかを説明した。続いて新人たちは一連の課題に取り組んだ。その課題では、この会社独自の特徴や強みについてじっくり考え、自分が一員であることに誇りを持つのは会社のどんな面かに思いを巡らせる機会があった。

 どちらの条件でも、この1時間の説明会の終わりに、新人たちはフリースのスウェットシャツを2枚とバッジを1個受け取った。そして、トレーニングのあいだできるだけそのシャツとバッジを身につけるよう言われた。スウェットシャツとバッジには、「個人重視」条件では各自の名前が、「組織重視」条件では会社の名前が入っていた。

「個人重視」条件には96人、「組織重視」条件には101人の新人が割り振られた。408人から成る対照群は、通常のオリエンテーションを受けた。そのオリエンテーションは組織の強みと仕事に必要なことに重点が置かれており、私たちが「組織重視」条件で行ったものに似ていた。この条件操作が離職率に与えた影響を調べるために、私たちは2010年11月にデータ収集を開始し、実験の約7ヵ月後に新人たちがまだウィプロで働いているかどうかを調べた。

「組織重視」条件と対照条件の新人は、「個人重視」条件の新人よりも離職する傾向が強かった。実際、離職率は、「組織重視」条件では「個人重視」条件の250%、対照条件では157%に達した(少なくとも統計の観点に立つ限り、「組織重視」条件と対照条件で離職率に違いがなかったのはなぜか? おそらくそれは、対照条件の新人もまた、組織の強みを強調するオリエンテーションに参加したからだ)。顧客の満足度に基づいて従業員の成績を測定すると、生産性についても似たような結果が出た。「個人重視」条件の新人のほうが、成績が優っていたのだ。